「花を植える」

 春には花を植えねばならぬ。無論のこと、出生登録とともに、国より指定される花である。不親切にも名は分からぬ。幼い頃は、花はおおよそ似たり寄ったり、縮こまった種の形に押し込められて、変わり映えもせぬ。綻び始める段になって、私は自分のそれがひどくつまらぬものであることを知った。

 彼の花はたいそう美しかった。まだほぐれてしまわぬ内から、その花の姿を盗み見ては、己を恥じるように顔を赤らめた。満開の花よりも、綻びかけたそのつぼみは、確かに美しかったのだから。花の最も美しい時は、枯れ始めてようやくわかるものだった。ああ、花の盛りは終わったか、と。

 研究室の温室でまどろむのが、私の日課だった。そこには至極あっさりとした花しかなかったけれども、私を圧倒するもののない避難場所でもあったのだ。誰かが持ち込んだ半壊した椅子に腰掛ける、目を閉じる、ガラス越しの日差しが心地よい、空調の音。だから誰にも、邪魔はされたくなかったのに。 

 信じられぬことに、あの花は私の意識で一層美しく在るのだった。日増しに輝くのであった。全く思い掛けないことであったが、私は花を患ったらしい。よりにもよって、と頭を抱える。大学病院は嫌だとごねようか。彼の瞳が輝く様が瞼の裏に浮かぶ。彼の専門は、花に関する疾患なのだから。

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