「花の墓場」

 あるところに、道ゆく人々に花を渡す天使がいたという。天使がいるのは石畳の通路に面したなんてことない民家の窓辺で、そこからスイートピー、コスモスと季節とともに移ろう花を差し出すのだ。作り物めいた大きな羽が窮屈そうに窓からはみ出して、地面に程近い部屋の、しかも室内にいる様子は牢獄に囚われているとでも言えそうなのに、不思議と悲壮感は感じられない。つまらなさそうに、しかし決まって窓辺に姿を現す様子は、この街の日常に溶け込んでいた。子供たちは天使から花を受け取って育ったし、時折天使に花を渡した。子供だった大人たちは、時折窓辺に立ち寄って、天使と立ち話をした。街に教会があるように、子供や大人がいるように、その街には窓辺の天使がいることが当たり前だった。

 戦争が始まって、街の働き盛りの男たちから軍隊に駆り出されるようになってからも、それは変わらなかった。男たちがみんな連れて行かれてしまうと、次は子供の番だった。天使は変わらず窓辺にいたが、誰も天使に加護を願ったりはしなかった。ただ、街の人々はみんな天使にお別れの挨拶を伝えにやってくるのだった。天使は彼らにいつものように花を渡した。彼らはみんな、その花を胸にさして街を出て行ったという。戦争が終わると、街にはもう誰もいなかった。残された人々は各地に散ってしまっていたし、本当にひどい戦争だったので、連れて行かれた人はほとんど帰ってこなかった。

 誰もいなくなった街の窓辺から、天使は空を見上げていた。花は受け取るものがいなくなったので、部屋中それでいっぱいだった。やがて天使はぎこちなく、羽ばたき方を思い出すようにゆっくりと翼を広げ、飛び立っていった。街を占領しに兵隊がやってきた頃には、その街は花で埋もれて使い物にならなくなっていたそうだ。

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