第2話 勇者パブロ (パブロの視点)


 魔界の王宮パンデモニウム――

 ここで、俺たち勇者は骸骨の悪魔に囲まれていた。


(えっと…なんでこんな目になってるんだっけ)


 まず、「勇者」というかっこいい称号をぶら下げて、普通の魔法使いにとっては未踏の地である魔界に来た。

 そして、闇使いグレゴリーに力を与えているといわれる魔王サタンを封印した。

 ここまではクリアできた。


 だけど今俺たちは、魔界の王宮であるパンデモニウムから出られないという危機に瀕しているのだ。


 入るときはこっそりと裏口から入ったが、一旦魔王を封印してしまったがために目立ってしまい、裏口から帰れるわけもなく…パンデモニウムの護衛らしき無数の骸骨の戦士に襲われている。


 この骸骨は倒してもすぐに回復する。

 相手は無数。こちらは4人の勇者。数からして圧倒的不利である。


「魔法攻撃がきいていないのか?こいつらには?」


 そう言って、骸骨に雷の魔法を落としているのは、勇者ユリウス・オッペンハイマー。

 長めに襟足を伸ばした金髪とブルーの瞳が輝かしい、THE勇者様である。


「いやっ!骸骨きもいっ!」


 水魔法を得意とする紅一点の勇者リア・クレメントは、両手から水を滝のように出して骸骨にお見舞いしてる。

 ポニーテールにした白い髪と紫色の瞳が落ち着いた印象を与える。

 ちなみにユリウスのことが好きらしい。…恋が成就するといいな。


「骸骨なのにどうやって動いてるのかなぁ」


 土と草の魔法使いである勇者ロミオ・ホップウェルは、草色の髪をマッシュルームの形にカットしていて、背も小さいので、なんだか可愛らしい雰囲気である。

 ロミオは、土の壁を作って骸骨の動きをせき止め、その間に、崩れ落ちた骸骨の骨を手持ち袋にしまい込む。

 ロミオは研究員でもあるから、魔界の実態を探るべく試料を持ち帰ろうとしているのである。


 しかし、採取に気を取られたロミオは、骸骨が襲い掛かっているのに気が付かない。


「……ロミオっ危ない!」


 俺は咄嗟に、ロミオの前で剣をふるい、骸骨を切り裂く。


「ありがと…パブロ」

「いいや。俺が見張ってるから、遠慮なく研究材料を集めろよ」

「うん…っ!」


 魔界を知ろうとするロミオの努力には目を見張るものがある。

 だから応援したくなるのだ。


 最後に、俺――パブロ・フルームは、火の魔法を得意とする勇者である。

 魔法の火で燃え上がらせた剣で、どんなに強靭なものをも切り裂くことができる。

 

 俺の見た目はいかにも火の魔法使いだ。赤くて、くるくるとはねた髪は火のようだし、瞳の色は妹と弟にはちみつ色と言われたことがあるが…これもまた火のような黄色だ。俺の魔法にぴったりで気に入っている。


 さて、ここで勇者が何人もいて紛らわしい、というツッコミは受け付けない。

 

 俺たちを派遣した国王陛下は、勇者は多いだけ多いほうがいいというお考えで、全部で3つある王立魔法騎士団から戦士を集めて「はい、君も勇者ね」と次々に任命していったのだ。


 そうして魔界に勇者を派遣すること3回目――俺たちで、ついにサタンの封印に成功した。名誉なことである。


 しかし、俺は、そもそもは最初、勇者に任命されていたわけではない。

 勇者に選ばれたのは、弟のカルロス・フルームである。


「魔界なんて!悪魔だらけの危険なところに行かせられないわ!!」


 そう言ってカルロスを止めたのは、母アリスである。


「けど、国王陛下直々の命令だから…フルーム伯爵家の名を汚すわけにもいかないしさ」


 カルロスは15歳ながら、俺なんかより上下関係をよく理解している男だった。


(まずいな。母上は、こんなときいつも…。)


「パブロ?代わりに行ってきてくれない?」


 そう。俺に貧乏くじを引かせるのであった。


「…わかった!魔界に行けるなんてめったにないことだし、お兄ちゃんがカルロスの代わりに行って来てやるよ!!お土産なにがいい?」


 そして俺は、こんなときの開き直り能力だけは最高級である。


「魔界のお土産ってなに?毒キノコとか?」

「わかんないけど、毒キノコあったらもってくるな」


 以上が、ごく普通の騎士団員である俺が勇者になった理由である。


 そもそも、俺は身寄りがなく、フルーム伯爵家に拾ってもらった身だから、両親やカルロスには頭が上がらない。

 恩返しするためにも、俺はこの遠征で戦果を挙げなくては。


 そう思った矢先である。

 突然、体に感じたことのない異変を感じた。

 激しい動悸と、全身のしびれである。


「……っぐ」

「どうしたの?」


 ロミオが土の壁を俺の周りに作って守ってくれる。


「いや、なんでか急にしびれが…」


 いよいよ剣を持ってられないまでにしびれ、俺はなんとか剣を鞘に納める。

 立っているのも苦しく、地面に膝をつく。


「そんなに辛いの?」

「ちょっと!パブロ!!大丈夫?」

「まだパンデモニウムも出れていないんだぞ!ここでその調子じゃまずい!」


 3人とも、俺をかばって骸骨と戦ってくれている。


「……くっ」


 ただでさえ、長い闘いにみんな疲弊している。

 ユリウスの言う通り、パンデモニウムを出てからの道のりも長い。

 俺が足を引っ張るわけにはいかないことは重々承知していた。


 刻々と症状が重くなる謎のしびれに恐怖しながら、俺は覚悟を決めた。


「……俺の残りの魔力を使い切れば、骸骨の足止めくらいならできるかもしれない」


俺の言葉の真意を理解した3人は、ゆっくりとうなずく。


「パブロ、君の雄姿は忘れない」


 ユリウスがそう言い残して、リアとロミオは涙ぐんで、3人はパンデモニウムの出口へと去っていった。


 俺は、しびれる身体に鞭打って、ユリウスたちを追いかけようとする骸骨めがけて口をすぼめ、口先から豪火を吹き出してお見舞いする。

 今の俺が仕える最上級魔法だ。


 骸骨の動きが鈍っている間に、ユリウスたちは無事に逃げ切れたようだ。


「ふっ…」


 やることを終えた俺は、全身を襲うしびれと動悸に耐えきれず、地面に倒れこむ。


 もう体力も残ってない、魔法もおしまいだ。


 すると、俺を囲むように、50…いや、100体もいそうな骸骨がじりじりと近寄ってくる。俺は必死にもがくが、しびれが回ってもう動けない。


 仲間が誰もいない戦場で、たまらない恐怖感に襲われた。


(このまま死ぬのか…俺)


 20年間の人生が走馬灯のように蘇る。

 

 開き直って、ポジティブに、人の願いは断らない。

 いつの間にか、そんな生き方が染み付いてたな。


 そんな俺の人生は誰かの役に立っていたのか?


 いや、俺自身は、幸せだったのか――?


 そんなことに思いを巡らせてしまった俺は、骸骨の大群の、空虚な黒い目に囲まれて泣きそうになった。

 

 そして残酷にも骸骨が大きな口を上げて、俺に襲い掛かってくる。


「……助けてっ、くれ…!!」

 

 咄嗟に、祈るようにか細い声をあげ、硬く目をつぶった。

 

 誰かに助けてほしいと縋ったのは、初めてのことのように思った。

 けど、もう声が届くことはないだろう。


「………。あれ?」


 おかしい、骸骨が襲ってこない。

 恐る恐る開いた俺の目に飛び込んだのは、骸骨が次々と地面に崩れおちる光景だった。

 しかも、骸骨が復活してこない。


「……なっ、なんだ?」


(仲間たちが戻ってきてくれたのか?)


一瞬そんな期待を抱いたが、骸骨を倒したものは人でも悪魔でもない。

なんと、剣がひとりでに動いていたのだ。


(魔法か…?いや、こんな魔法、みたことない)


 その剣は驚くほど長い剣で、身長が高いと自負している俺でも扱えるかどうか疑念が残るような代物だった。


 しかし、骸骨を全滅させた後、用が済んだとでも言わんばかりに、剣先から渦巻き状に丸まっていき、最終的にコンパクトに半分の長さに収まった。

 …どんな素材でできてるんだ?


「……」


 俺はひとまず助けられたと安堵すると同時に、不気味な気持ちになって渦巻きの剣を凝視する。

 さらなるサプライズが待っているとは知らずに。


「いやあ―久々に動いたあ!!」


 そう、剣が喋りだしたのである。


「しゃべっ…!?」

「兄ちゃん。大丈夫かい?」


「えっと…」


 なんだか状況を呑み込めない俺はぼんやりと剣を眺めていた。


「おいらはね、元々はダンタリオンの旦那の剣なんでさあ!お見知りおきを」


 渦巻きの剣は、そう言って俺にお辞儀をした(90度にカクンと曲がった)


(ダンタリオン…?)


 初めて聞く悪魔の名前だ。


「何年も前だな…魔王サタンが、ダンタリオンの旦那からおいらを奪ったんだ。

 けど、あんたがサタンを封印してくれたおかげで、旦那のもとへ帰れるよっ!

 だから、骸骨を倒したのはお礼さ!」


 よほど「ダンタリオンの旦那」を慕っているのか、渦巻きの剣の声は明るく弾んでいる。


「…よかったな、その…旦那のところに帰れて」


 慕う人がいることも、慕う人のもとに帰れることも、どちらも喜ばしいことだ。

  

「兄ちゃん、それにしても顔色がひでえや。なんとかしねえと。俺は剣だから治せないけど、ダンタリオンの旦那なら!薬屋なんだよ!」


 渦巻きの剣は、俺のそばに寄り添って必死に声をかけてくれた。


「うっ……げほっ」


 剣の気持ちは嬉しいが、身体はもう限界を迎えていた。

 もう、浅い呼吸を繰り返すしかできない。


「…おい!おい!」


剣の呼びかけに答えることもできず、ゆっくりと瞼が下りていく。

 

もう終わりか…と思ったところで、俺は、羊骨の仮面と羊の角をもつ巨大な背丈の悪魔の影をみた。


「ダンタリオンの旦那ぁ!!!」


渦巻きの剣の喜びの声を聞いたのを最後に、俺は静かに意識を失った。


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