第2話 王子様と異世界体験
「これはどこへ向かっているの?」
「ご心配ですか?」
「当り前でしょう! 突然こんなことになるなんて、変わったアトラクションね。新しくできたの?」
「これは、アトラクションではありません」
「へっ? 違うの、どういうこと?」
「これは、本当の世界なのでございます」
「まあ、あなた何を言ってるの、嘘、嘘、嘘、嘘に決まってるわあ!」
「もう、おかしな方ですね」
「いえ、私は決しておかしくないから……普通です」
私は周囲を見回した。どこをどう見ても、遊園地でしかない。いつもと同じ道を通って、いつもぐるぐると回っている飛行機の前を通りすぎ……って、どこかがおかしい! いったいどこが! 雰囲気がいつもと違う。視界の中で、何かが動いているような。でも、何が?
「本当の、遊園地ってことでしょ?」
「いいえ、ここは、無幻界でございます」
「むげんかい……って、無限に続くって意味の?」
「いいえ、そうではございません。無限に津木菟という意味ではなく、ましてや幻想などでもなく、本当の世界という意味でございます」
「そんな、馬鹿な。あなた、いくらかっこいいからって、そこまで言うかなあ」
「おかしいのは、お嬢様でございます。まだおわかりにならないのですね」
「だから……私は、おかしくないし。もう、あなたいつまでも王子様を演じなくてもいいわよ。種明かしをしてよ、そうじゃないと私」
「フフフ……」
なに、この不敵な笑いは。この人まじめなのか、ふざけてるのか全くわからない。あくまで演技をしてるし、王子になり切ってるし。ここまで徹底しているとは、逆にすごすぎる。
「さあ、着きました」
「どこへ?」
そんな私の問いは無視して王子は馬車おりると、ドアを開け手を差し伸べてきた。私はおずおずと手につかまり馬車を降りる。おっと、リュックを忘れないようにしなくちゃ。あくまで高校生としての品位を失わないように。すっかり乾いたスカートを翻し、馬車を降りた。
すると、不思議な生き物たちがこちらへ歩いてくるのが見えた。あれは何! 着ぐるみ、それとももしやゾンビ! ああ、私いったいどこに来ちゃったの? いつもの遊園地と違って他のお客さんたちは、誰もいないじゃないっ!
「ようこそいらっしゃいました。僕は、出目キンタです」
「へっ、出目、キンタさん……」
そんな冗談みたいな名前をまじめに言わないでよ。
「私は、さばみです」
「さばみ、さん……」
こちらの人も変な名前。だが着ぐるみにしてはよくできてる。しかも上手にしゃべってる。その魚にそっくりな生き物は、なぜか地面を上手に歩きながら挨拶をした。
「彼らも本物なのですよ」
「へ……、そんな。見たことない」
そんな馬鹿な、と言いかけたが言葉も出なかった。天空かけるさんは、私の手を取ったまま、歩いている。私はといえば白いブラウスにチェックのスカートという制服姿。それだけが安心できた。
「ちょっと釣り合いませんね」
「な、何が?」
「そのお洋服では」
「いいのよ、これが、私のお決まりの服装だから。気に入ってるし、安心感があっていいの」
「さあ、目を閉じて」
かけるさんは、私の瞼に手を置き、そっと目を閉じさせた。
「さあ、これでいいでしょう。目を開けて」
「えっ、何これ、いつの間に、どうやって着替えさせたの、やだ、やだ!」
無理やり脱がせたわけでもないのに、私の服装はフリルひらひらのお姫様のドレスに代わっていた。
「えっ、どうして! いつ! 私が、なんでこんなふうになったのよお! おかしい!」
私の言葉は支離滅裂になった。
「だから、先ほども申し上げたように、お嬢様はわたくしの姫になられたのです」
「私のって、私あなたと結婚した覚えなんてないし、約束した覚えもない。ここでは親の許可とかいらないの、まだ高校生だし、第一あなたの姫になるなんて、どうしてよ!」
「もう、無粋なことは言わないでください」
「あのねえ……」
「こちらへいらしてください。今日はごゆるりと」
「あわ、わわ、わわ」
天空かけるさんは、私の手をぐいぐい引っ張っていく。その勢いで、転びそうになった拍子に彼は私を抱きかかえて、なんと自分の背中に乗せ、そのまま急上昇。なぜか私はドレスを着てかけるさんの背中に乗り宮中を飛び回っている。
こんなの、ありえない! 私の頭の中には、その言葉が何度もこだましている。だけど、天空かけるだけに、すごい。本当に名前の通り、天空を駆け巡る如くに縦横無尽に飛び回る。
「どうですか?」
「映画みたいだけど、これってやっぱりアトラクションじゃなくて」
「そんなはずがないじゃないですか。本当に飛び回ってるんです」
「あら、あちらの方に家が見える」
「でしょう」
「すご~い! 落ちないの、私」
「しっかりつかまっていてください」
「はっ!」
私は、鳥のようになった天空かけるさんにしがみついて振り落とされないようにふんばった。
「うわっ、今度は上昇してる。うお~~っ、下降してるは。すご~い、転回中」
「いちいち言わなくても、結構ですよ」
「あ、ああ、そうね」
私はまるで別世界に来たような気分を味わっていた。かけるさんは、嬉しそうに微笑み地上に戻った。
「どうでしたか?」
「悔しいけど、楽しかったわ。また来られるの?」
「はい、同じ時刻にまたあの場所に来てくだされば」
「わかった! また来るわ! じゃあね」
名残惜しそうに私の手を取ると、かけるさんは軽くキスした。馬車に乗っていると軽いめまいがして、気が付くとメリーゴーラウンドの中にいた。アナウンスが聞こえた。かけるさんの声だった。
「今宵は楽しかった。またお会いしましょう」
わたしは、立ち上がり遊園地の外へ出た。時計を見ると、十分ぐらいが過ぎていた。あれは夢だったの、それとも本当にあったこと? 後ろを振り向いてみても、そこにはいつもと同じメリーゴーラウンドがあるだけだった。私には全く見当がつかなかった。
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