無幻界へようこそ!
東雲まいか
第1話 王子様にエスコートされる
その日は突然やってきた!
まあ、今まで経験したことのないことは、いつも突然やってくるものだけれど、まるで予期しない出来事、想像すらできないようなことが本当に起こってしまったのだ。
「あ~あ~、今日もまた雨かあ。よっく降るわねえ。学校行きたくな~い」
「ったく、またぶつぶつ言ってるのか、マキは。仕方ないだろ、高校生でいられるうちが花なんだから、学校ぐらい行って来い。行って来るだけでいいんだからな、高校は」
「そりゃ、働くわけじゃないからね」
私は向風真姫、高校二年生だ。兄は大学生、部類の音楽好きで、名前はタクトという。タクトという名前を付けられ、ちゃ~んと名前通りの音楽好きになった。正に名は体を現すということだろうか。そんな兄はいつも私の独り言の相手をする。
「どこがいいんだか。学校へ行くまでにびしょびしょになっちゃうし、びしょびしょのスカートを履いて授業を受ける身にもなって。もう本当に気持ちが悪いんだからっ! この気持ち悪さは、女の子にしかわからない……」
「ったく、学校へ通えるだけいいと思え。俺なんかオンラインの授業ばっかりで、友達も画面の中の人たちばかりだ。彼らが本当に実在しているのかどうかさえ、本当のところ分からない。仮想の世界を見ているのかもしれないんだぞ」
「そんなはずないでしょ、しっかり会話ができるのに。はい、はい、だから私はまだましだって言いたいんでしょ。学校へ通えるのはありがたいことですよ。平和な国に住んでいる証拠ですよ。もう、お兄ちゃんの相手なんかしてないで言ってくる!」
「別に相手をしてほしくなんかない。せいぜい頑張って来いよ。今日の日は二度とこないんだ」
急に哲学的なことを言い出し、そんな台詞に送られて家を出た。
学校はいつも通りに終わった。三時半を少し過ぎたころに校舎を出ると、雨はやんでいた。
あら、さっきまでの雨が嘘のように上がってる。さあてと、ちょっと散歩して帰ろうかな。寄り道をして帰ることにした。そんなときによく行くのが海浜アミューズメントパーク。わが町にある唯一の遊園地だ。町のはずれの一等地(?)にあり、海に面したのどかな立地で、少々古いノスタルジーあふれる乗り物の多い施設だ。休日には子供たちや、デートをする若者でにぎわうが、平日は人気はまばらだ。そんな日は学校帰りの散歩コースにうってつけだ。年間パスポートを購入し、地元民ならではの特権を享受し、一人歩きの喜びに浸る。そういう高校生も珍しいんだろうが。
遊園地の中に入る。中でも、私のお気に入りはメリーゴーラウンド(回転木馬)だ。何もやることがなく、暇そうにしている入り口の女性に年間パスポートを見せる。客は私一人だ。
「行ってらっしゃい!」
「ええ」
きっともう覚えられてるだろうな。平日の夕方に制服姿でメリーゴーラウンドにあろうことか一人で乗る女子がいるのだから、印象に残らないはずがないが、そこはお約束。すまし顔で、お決まりの言葉を投げかける。さすが、アルバイト、いや社員かもしれない。
今日はどれに乗ろうかな。おっ、今日の気分は、真ん中の鬣が黒いやつにしよう。ちょっと目つきが怪しいけど、なかなか背が高くて、ハンサム。っと、馬を選びまたがる。こういう時は当然のことながら、見えても大丈夫な短パンを下にはいている。レディーのたしなみだ。
さあ、ようこそいらっしゃいました、お姫様。今宵は僕が素敵なパーティーへご招待いたしましょう。
お決まりのアナウンスが聞こえてくる。雰囲気を盛り上げるために、上方のスピーカーから聞こえてくる声は、低音でムードたっぷりだ。
それに合わせて、音楽が鳴り回転し始める。しばし別世界へ入り込んだような気分がする。そうそう、この瞬間が一番素敵なのよね。王子様にエスコートされて、お城のパーティーへ出かけていく姫に、一瞬だけでもなることができる。そんなのは夢の世界の出来事だと割り切ってはいても、やめられない。
音楽に合わせて、この馬に乗ってさあ出かけましょう。僕たちの世界へ。無幻界へ。
無幻界ですって、何その世界? あら、いつもと違うアナウンスじゃない。
そう、僕らの世界へ。
へえ、ちょっと趣向を変えたのかな。まあ、いいでしょう。
でも、何か変! な、なにこれ、回転が嫌に早いじゃない! え~~~っ、大丈夫なの。故障したんじゃ! スピードをどんどん上げぐるぐる回っている。
「ちょ、ちょっとお~~! 誰か、これ、スピード出しすぎじゃない!」
「ちょっと、お姉さ~~んっ! 止めてください~~、うわ~~っ」
これ、壊れちゃったんじゃ、光速度回転だ! 私は、馬に必死でしがみついた。外の世界を見る余裕もない。こんなの絶対おかしい! 明日の新聞に載ったらどうしよう。メリーゴーラウンドで事故。乗っていたのは、高校生女子一人。嗚呼、いやあ~~~。
「誰か、誰か助けて~~! 死にたくないよお~~! まだ、高校生なんだよお~~!」
ぐるぐると何度も回転した後、やっとメリーゴーラウンドは止まった。
「あ~あ、怖かったあ。如何しちゃったんだろう。機械の故障だったの? 目が回る……」
私は、自分の体が無事だったことを確認し、ふらふらしながら降りようとした。
「お嬢様、私におつかまりください」
目の前に、すらりとした王子様が立っていた。本当の王子様であるはずもない。へえ、こんなアトラクションに変えたのね、と思いながら彼の手につかまって、木馬を降りた。それにしても怖すぎるよ、このアトラクション。
「こちらへどうぞ。馬車に乗ってください。僕が、ご案内いたします」
「えっ、こんどはサービスがあるの」
「はい、お嬢様は今日からこちらの国の姫」
「姫っ! まあ、私の名前は真姫だけど、姫じゃないわよ」
「いえ、いえ、姫でございます」
そう、そんなに言うなら、今だけ姫になってもいいけど、と馬車に乗ると、なぜか動力もついていないのに動き始めた。電動自動車かしらね。お客を集めようとこんな凝ったアトラクションを始めたのね。ふうっっとため息をついて馬車に乗ると、イケメンが隣に座っていた。
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