第31話

「話は変わるけどさ、酷かったんだぜ。あの敗者復活戦リベンジャーズ・ロワイヤルの結末は」


――リベンジャーズ・ロワイヤル。自身が発起人となり開催した8人の選抜者による卓球トーナメントの結果を思い出して自嘲気味に薬葉氏が語り出した。ぼくは一回戦で高校2年の干潟瞬次ひがたしゅんじに敗北してその結末を知らない。耳を傾けると薬葉氏は天井に唾を吐くように顎を上げ、語気を荒げて話始めた。


「トーナメント表1試合目は中学一年の地方新人戦優勝者、日向由太郎ひむかいゆたろうを怪我から復帰した高校3年生プレーヤーの伊林慶太いばやしけいたが危なげなく退けた。2試合目はキミがヒガタに敗北。ここまでは皆さん知っての通りだ。3試合目はキミと因縁がある二人の対決。野球部との二刀流、中野渡翔なかのわたりしょうと常勝校、双峰中卓球部OBである矢中林檎やなかりんごの同学年対決だ。試合はフルセットの結果、中野渡が勝利した」

「矢中さんが負けたんですか?あの双峰中レギュラーだったあの人が!?」


驚いて立ち上がったぼくを「まあまあ」と薬葉氏が席に戻る様にいさめた。


「彼の勝利はこの大会最大のサプライズだった。モリア、キミも不貞腐れずに観て行けばいいのに、と思ったよ。でも彼の勝利は対戦相手である矢中林檎の不調によるフロッグだったみたいだ。何故なら4試合目に勝ったウチの執事セバスチャン、後藤がストレートで圧勝したんだから」


ぼくはベンチに座ると口元に手を当てて試合の様子を思い浮かべた。矢中さんは不安性障害という心の病気を患っており、フルセットのプレッシャーに打ち勝てなかったのだろう。実力者を倒し、有頂天になった中野渡は見知らぬ老人、後藤さんに対して舐めた打ち方をして足元をすくわれた。そうなると『全日本』への出場チケットのうちひとつは薬葉陣営のひとりである後藤さんが獲得した事になる。参加者の実力を測る大会ではあってはならない由々しき事態だ。


「ちなみにもう一枚のチケットは伊林慶太がゲットした」


ぼくの思考を覗き込んだように薬葉氏が苦々しい表情をして告げた。


「ヒガタの奴、キミに勝利した事から心に緩みがあったのか、伊林との打ち方に慢心があった。卓球歴10年を超える高三ベテランはその隙を見逃さないよ。まぁ、中学最後の大会で違反ラケットを使うような前科者はそんなモンか。とにかくボクは年長者が順当に勝ち上がったこの結果にがっかりした。次のリベンジャーズ・ロワイヤルが開催される事があればハンデマッチも検討しなければいけないと思ってね」

「あの、ヒガタが違反ラケットを使っていた、って言うのは?」

「……説明するのも面倒だ。奴の後輩であるショージにでも聞いてくれ」


不機嫌な態度で顔をそむけた薬葉氏を見てぼくは同学年のライバルの顔を思い浮かべた。隣県校のエースであるショージもこの春にチカラを蓄えて夏の全中大会にその標準を合わせてくるだろう。その彼と同じ条件で戦えない現状が妬ましかった。薬葉氏のスマホに通知を知らせる音が響くと彼はその表示を色眼鏡を指で押し上げて見つめた。そして二度三度頷くと立ち上がってぼくに別れの挨拶をした。


「悪いけどこの後予定が出来てしまってね。せっかくだから伸び盛りのキミに焼肉でもおごろうかと思っていたけど残念だ」

「いりませんよ。原告からの施しなんて」


悪ぶった態度で薬葉氏をあしらうと彼は部屋の入り口で立ち止まり、ぼくに向って深く頭を下げた。


「本田モリアくん。多感な中学生であるキミをこのような緊迫した裁判所に招いて本当に申し訳ないと思っている。しかし、キミに今後卓球を続けてもらい、平穏な学生生活を続けてもらうには一度、世間の前で謝罪してもらう必要があった。卓球プレーヤーとしての半年間の活動休止は成長期のキミにとって重大な損失だ。だが、それでキミが未来が閉じてしまう事はあまりにも時期早々だ。ボクの勝手な希望だが、キミには卓球を続けてもらい、試合で勝ち上がってそのチカラを世間に示して欲しい。願わくば、世界を取り囲むこの息苦しい異様な空気感をキミのラケットで払って欲しい」


普段のおちゃらけた口調とは明らかに違う薬葉氏の言葉を受け、ぼくは背筋を伸ばして「辞めませんよ、卓球」と短く答えた。薬葉氏は「そうか、良かった」と微笑むとそのまま振り返らずにその場を去った。ぼくを救ってくれた大きな男の背中が目に焼き付いていた。


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