第6話

「卓球の世界は残酷だね。超早熟の競技とはいえ、高校2年生の卓球部員が3つ年下の対戦相手に1ゲーム許すとは」


ステージ上、教壇の隣に置かれたパイプ椅子に脚を組んで座り、マイクを片手にこの大会のホストである薬葉氏がゲームチェンジでテーブルを周りこむヒガタの背中に向けて言い放った。バツが悪そうに愛想笑いを浮かべるヒガタがその言葉を受け流すようにテーブルの隅でピン球を弾ませ始める。その様子を見て見ないでか、薬葉氏は主張は続けた。


「ボクも舐められたもんだ。ロクにアップも済んでいない競技者を卓の前にあげるなんて。今ので目が覚めたか?モリアは実力者だ。このまま流れに呑まれて無様に1回戦で散るのだけはやめてくれよー」


薬葉氏の言葉を受けて「やめてくれよー」と思ったのはぼくも同じだった。良い流れで1ゲーム取ったのに合間にアドバイスめいた発言をするのは相手の再起に繋がる。そもそも試合中の声掛けはルール違反だ。そんな事はお構いなし、という風に執事の後藤さんにマイクを返した薬葉氏は椅子に再び深く座り込んだ。


「ステアさんの言う通りだ。キミと比べてオレはこの勝負に対して少し真剣味が足りなかったかも知れない」


テーブルの上で弾むピン球を手で掴むとヒガタはその場から少し距離を取ってサーブ体制に入った。恐らく次に来るのは前のゲームの最後で放ったロングサーブ。さっきの失敗を取り戻そうという腹づもりらしい。


「せっかくオレ達の闘いのために設営の人が準備してくれたんだ」


周りを取り囲むフェンスを眺めながらヒガタがサーブの間合いを図る。その口調は軽かったがこれまでの『チャラさ』は感じられなかった。


「この広い体育館に卓球台が1台。誰の邪魔も入らない。広く使おう」


今から放つロングサーブの布石か?言葉の終わりにピン球を浮かべると黒のラケットを払うようにしてヒガタがサーブを放つ。ネットの直前でワンバウンドした打球が走り幅跳びの選手のように、ギリギリの高さでネット飛び越えてミドルのエッジ際目掛けて飛び込んでくる。アウトになるか?それとも台に収まるか?判断の難しいボールだがこの場面で弱気はあり得ない。打球を見極めチキータでボールを弾く。するとこの返しを見通していたのか、前に出ていたヒガタが豪快にスマッシュを放つ。これが体の横を通ると得点板の数字が相手に捲られた。


「瞬次の十八番、超低空のロングサーブ『飛燕』。ほほぅ、上から見ると見ごたえのある良い軌道だ」


薬葉氏が今のサーブを注釈し、ヒガタが自慢げに鼻を鳴らす。ぼくは瞬時に前のプレーを脳内再生して打開策を探る。判断が難しいスピードボールだったが回転が無い分、リターンは難しくはないはずだ。


「さ、次のサーブだ」


さっきと同じようにテーブルから距離を取るとヒガタが再びサーブを放つ。するとピン球はネットのだいぶ手前で弾み、こっちのテーブルのちょうど真ん中で弾んだ。ロングサーブに備えて距離を取っていたから不意を突かれた形になり、飛びつくがネットに当たり相手の連続得点。得意げに腰に手を当てたヒガタが口を横に開いて微笑んだ。


「オレの必殺サーブのひとつである飛燕ひえん。このサーブの長所は他のサーブと組み合わせる事によってその真価を発揮する。キミの脳裏から回転サーブが消えかけていただろうからやらせてもらったよ」

「へぇ。たいした余裕ですね。相手にべらべらと自分の能力をバラしてもいいんですか?」


言葉で少し煽ってみるが、特に相手に反応は見られず。この人、同一のモーションから別のサーブが打てるのか?…大丈夫だ。相手はサーブの名手でもルール上、サーブは2球交代。自分の手順で得点して、終盤で加点できれば前のゲームと同じようにこのゲームもゲットできるはずだ。


横回転サーブを放つと相手がクロスに短い打球を返してくる。ドライブの打ちやすい絶好球。仕留めたと思った会心の一打だったが予測していたようにヒガタが周りこんでいた。台から距離を取らせるようにロングドライブが放たれるとぼくも一歩引いてドライブで応酬する。するとそのリターンにヒガタが驚きの一打を放った。


ミドルよりの打球をヒガタが横に払うようにしてピン球を捌く。するとボールは石切りのような美しい軌道を描き、台のエッジ手前で弾んだ。これはさっきのサーブで見せた『飛燕』だ。…この人、ラリーの途中でもこの技が繰り出せるのか。


「言ったはずだ…広く使おう。そら!」


返球が乱れた打球を反対方向に叩くとこのラリーもヒガタの得点。…自分の手順で得点できなかった。一度だけ宙を仰ぐとぼくの心を見透かしたようにヒガタが微笑んだ。


「驚いたかい?サーブのチャンスは開始の一度だけじゃない。ラリーの途中、ファンブルの拾い際、相手のドライブのカウンター。場面が合えばいつでもサーブが出せるように訓練してるんだ。凄いでしょ?」


軽い口調に深みが増してきた。確かにぼくのライバルであるショージの師匠を自称するだけの事はある。この男、只者タダモノじゃない。ぼくは相手の秘打を警戒しながらピン球を打ち出した。


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