第5話

ヒガタがラケットでピン球を弾きだし、ぼくがクロスにドライブを返す。振り出されたラケットに貼られたラバーに擦り上げられる度、ピン球はその勢いを増す。2球続いて同じコースに出されたボールに対し、ヒガタは半歩引いてロビングでこの打球をやり過ごす。彼とは逆にぼくはその場から一歩前へ踏み出した。


どうやら相手はサーブの名手。前陣ドライブ型の自分としてはラリーは制しなければならない分野ジャンル。冷静に相手の動きを見極めてバック側にドライブを突きさすと審判の腕が上がり、ぼくの得点。この試合の先制点をゲットし、左手の拳を握るとステージ上から試合を観ていた薬葉氏がパン、と手を叩いた。


「ラリーが長い。女子卓球じゃないんだから。いいかい?キミ達は重さ2.5gのピン球を団扇うちわで扇ぐようにしてやり取りしてる。有利な状況でも一打のミスで一気に不利になるケースはよくある負けパターンだ。二人とも、もっと一球で仕留める心意気を持って欲しいな」


驚いて振り返ると「はは、ステアさんにダメ出しされちゃった」とヒガタがラケットで自分の顔を扇ぐ。「あの人のいう事は正しい、でも」ヒガタはぼくに向き直って声を細めて言う。


「試合中にいきなり戦型を変えるのはリスクが高い。あまり気にしない方が良いよ」


そういいながらヒガタはさっきと違う構えでサーブの体制に入る。ラケットを顔の横に構え、トスしたピン球目掛けてその腕を振り下ろす。ミドルから放たれたカットサーブがネットを超え、不規則な回転で体に向ってくる。チキータでこの打球を弾くが高さが足りず、ネットに弾かれると審判の腕が相手に上がった。


「今の打球…」


違和感で思わずラケットのラバーに指を滑らす。今のヒガタのサーブ、まるで粒高ラバーから放ったような回転数の多いショットだった。相手のラバーは回転の掛けづらい裏ラバーだったはず。正面を向き直ると「効果はバツグンみたいだね!」と憎らしい顔でヒガタがぼくをみて微笑んだ。


「オレのカットサーブは空気中の粘性を利用して粒高と同じ回転を掛ける事が出来る。日々の鍛錬が不可能を可能にしたんだ。ステアさんの好きそうな『熊蜂の飛行』だね」

「まさか、そんな事が」


驚いて身構えると「瞬次ー。適当な事言って相手を動揺させない」と薬葉氏が釘を刺した。……なんだ、嘘かよ。ふざけやがって。


試合が再開され、ぼくのサーブ。相手には必殺のサーブがあるから自分の手順では確実に得点しなければならない。ラリーから2本ドライブを突きさすが、相手のサーブを続けて返せずに得点板の数字が離れずに展開が進行していく。カットサーブのリターンが緩くなり、スマッシュで得点を取られるとステージ上の薬葉氏が欠伸を堪えるのが見えた。


ぼくは得点板の数字に目を落とす。ぼくのリードで9-8。あと2点でこのゲームをゲットできるが、10-10でデュースに巻き込まれる可能性の高い『ゲーム終盤』の展開。ぼくは最近の練習でこの状況を打破するための練習を積んできた。退屈な試合展開は終わりだ。


サーブ権を得たヒガタがいやらしくカットサーブを打ち込んでくる。このゲームだけでも4本のサービスエースを許している。今回も得点を強く意識した短いバウンドの打球。しかし、もうこのショットには慣れてきたし、油断の生まれた相手の心のほころびを見逃さずにぼくはこの打球に標準を絞った。


テーブルの後ろから勢いを付けて左足を踏み込み、加速した体から腕を伸ばしてラケットの裏を思い切りぶつける。動力を0から100への急アクセルを回すように打ち放ったジョルトチキータ。意表を突かれたヒガタが反応できずに得点板がこちらに捲られる。このゲームに王手を掛けると薬葉氏がピュイと短く口笛を吹いた。


「さすがチキータ王子。あの打球に食いつくとは。一応警戒して短い打球を出したつもりだったんだけどな」


見開いたヒガタの目の瞳孔が大きくなっていく。試合序盤の緩み切った空気感は無くなり、相手も集中モード。次のサーブもねちっこい打球を飛んでくると思っていた矢先だった。


「得点!11-8!ゲーム、穀山中、本田!」


審判のコールが響き、ぼくはふぅ、と捕球の構えを解く。第一ゲームの決勝点はヒガタのサーブミス。ラッキーな形での決着だったがぼくは思わず額の脂汗を拭う。弾みこそしなかったが今の打球は低くロングに出されたサーブ。チキータで受けに行ったらリターンの難しいボールだった。繰り広げられる盤上の頭脳戦。試合は更に加速していく。

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