第4話

場面は戻り、トーナメント2試合目のぼくの試合。卓球台を前にして柔軟を済ますが、対戦相手は依然、姿を見せない。夕刻を知らせる田舎特有のチャイムが外に響くと薬葉氏がステージ脇の壁掛け時計に目をやった。すると体育館の入口から卓球ウェアを着た少年がこっちに向って駆けてくるのが見えた。


「すいません!動画編集してたら遅くなってしまって!」


声の主はそのままの勢いでフェンスを飛び越えると休憩用に置かれたパイプ椅子の脇にステッカーが天板に隙間なく張られたMacbookをそっと置いた。そして背負っていたリュックからラケットの入ったケースを取り出すと彼はぼくと薬葉氏に軽く一礼した。


新張高にいばりこう2年、干潟瞬次ひがたしゅんじです!卓球以外の活動でユーチューバーやってます!初めての人もそうでない人もよろしくお願いします!」

「時間厳守ー。次からは失格にするよー。瞬次」


間延びした声を返した薬葉氏に瞬次と呼ばれた卓球少年はリュックの中を漁り、取り出したUSBメモリをこっちに向けて発声した。


「ステアさんに頼まれていた動画の編集、終わりました!提出させて頂きます!」

「別に頼んでいない。あと、大人を下の名前で呼ばない。さ、早くアップを済ませて。モリアはとっくに準備万端だよ?」

「ああ、それはどうも。お待たせしてすまない。よろしく、穀山中の本田モリアくん」


握手を求められて手を握る。相手はキオンとコーダイの言っていたとおり、眼鏡を掛けており、背の高い体から伸びた筋張った長い腕がぼくの手を握り返す。恐らくスポーツには不向きであろう大きく薄い丸メガネが顔の中央でかちゃん、と鳴ると手を放し彼は微笑んだ。


「知ってるかも知れないけど、オレ、キミのライバルの山破ショージの師匠。アイツにサーブを教えたのはオレだよ。……中2かぁ~。オレがキミと同じ年の頃は…今思い返すと地獄だったな」

「おしゃべりは控えろ。後が控えてるんだ」

「ハイ、スイマセン!…ステアさ、いや、薬葉さんはツンツン言ってるけどオレはあの人の秘蔵っ子なんだ。あの人仕込みの技術テクニックで今日ふたつ勝つのがオレのデイリーミッションってわけ」

「別にお前をお気に入り登録した覚えはないんだけど。瞬次」

「えっ?それはイジリが過ぎるなぁ。まぁ、オレも形から入るタイプでね。あの人を手助けできないかっていう理由で動画編集を始めたんだ。ユーチューバーはその口実」


・・・真剣勝負の前だというのにベラベラ喋りやがる。ぼくの集中力を削ごうとしているのか?無言の圧で話を辞めさせるとぼくらは軽くラリーを繰り返し、お互いのラケットをチェックした。相手はぼくと同じシェイク裏裏のセッティング。高反発でピン球を押し出す戦術を主軸にしてくるだろうか。相手の戦型を予想して戻ってきたラケットを構え、合図を待つ。サーブ権を得たヒガタがピン球をテーブルで細かく弾ませる。試合開始だ。



「さ、お仕事開始」


ヒガタは半身でテーブルの隅に立つと腕を引くタイミングでピン球をトス。腰が回り、ウェアが捲れて露出したヘソが正面を向くとピン球がネットを超えて打ち込まれていた。


いつ?どのタイミングで打ち込まれた?反射的に出したラケットに跳ね返ったピン球はそのまま正面のネットに吸い込まれた。


「よっしゃ!サービスエースで先制点!」

「審判、待ってください。今のプレーの検証をお願いします」


相手側の得点板を捲ろうとする審判に対しぼくはラケットを指示して抗議を申し出た。体で隠れて球の出所が分からなかったが明らかにサーブのトスが短かった。「言われてみれば、たしかに」薬葉氏がぼくと審判のやり取りをみてくっくと笑う。すると判定が覆り、今のラリーは無効に。サーブのやり直しになり、得点板の数字は0-0に戻った。卓球台を挟んで正面に構えると正対するヒガタがぼくを見てヒューイ、と口笛を吹いた。


「無駄のないスマートな抗議、中学生にしてはやるねぇ。気づいていても流しちゃう相手が5割弱。そうやって呑まれた奴から勝ち星を奪うのが俺の勝ち筋…」

「審判、あの人わざとやってます。失格にしてください」

「ちょ、待て!今言ったのはナシ!…まぁでも、分かっていても見切れないよ。オレのサーブはね」


ヒガタがさっきと同じ構えでサーブを打ち込んでくる。両面黒という事もあり、ラケットのどっちで打ったかも判断できないような最小限の動きによるピン球の押し出し。さっきよりは反応できたがこれもリターンできずに相手の得点に。先制点はヒガタ。審判から手渡されたピン球をラケットでリフティングさせながらヒガタはぼくに訊いた。


「シェイク裏裏は薬葉さんの入れ知恵?最近流行ってる組み合わせらしいけど」


彼の問いにぼくは首を振る。


「だとしたらツイてなかったね。裏裏のリターンコントロールは初心者には難しい。反発が強すぎるんだ。オレはその有利性アドバンテージを最大限に生かし、キミにサーブを刺し続ける。得点板の数字が埋まるか、キミが負けを認めるまでね」


ヒガタの軽口をぼくは鼻で笑い飛ばす。ショージの師匠だか知らないけど、ひとつサーブで取ったからっていい気になるなよ。ヒガタのラケットからピン球が弾かれ試合が再開する。今度は正確にラケットの中心でリターン。するとヒガタもドライブを放ち、ラリーが始まる。全日本選手権の出場権を懸けて、卓上の流れは勢いを増していった。


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