第66話

 体育祭は何一つアクシデントが起こることもなく、順調にプログラムが進んでいった。

 あれだけ憂鬱な気分だったが、もうすでに午後を過ぎている。

 午前の部最後の競技である大玉転がしが終わったところで、昼食休憩のアナウンスが流れた。

 ――さて、俺はどこで昼を摂るべきか……。

 テントからそそくさと出たところで辺りを見回す。

 高校生にもなると、親が来ていない家庭もあったりするが、それでも少数。

 グラウンドの空いたスペースにはレジャーシートや簡易テントを張った保護者たち大勢見受けられる。

 その光景を目の当たりにしながら、少し寂しいような気持ちにもならなくはないが、まぁこういうのは慣れっていうものだ。俺はグラウンド側に背を向けると、誰もいない校舎側へと向かう。

 教室でぼっち飯。綾小路や本田さんはおそらく身内で昼食を摂ることになると思うから、何気に久しぶりなんだよなぁ。今まではなんやかんやでいつもあの二人と弁当を食べていたし。

 靴箱でシューズに履き替えた後、自分のクラスへと向かう。

 やはり校舎内は静寂に包まれている。

 遠くから微かに聞こえるアナウンスの声。

 この場だけが普段通りの日曜日感が漂っていた。

 ――そういや、教室のドアは開いてるのか?

 生徒がいない場合は、大抵施錠されている。たぶん、盗難防止とかそのような理由だとは思うけれど、弁当が入ったカバンを置いているのに鍵がかかったまんまだったら結構面倒臭いな……。鍵を開けてもらうためにまた外に出て、教頭先生を探さなくちゃならない。

 長い廊下を歩きながら教室がある方向へと歩いていく。

 所々の教室でドアが半開きになっていることを踏まえると、教頭先生を探しに行かなくても大丈夫なようだ。

 やがて教室へとたどり着くと、そこには誰もい――あん?


「たしろん遅い」

「いつまで待たせる気よ……」


 そこには“いつものメンバー”がおり、


「うっ……」


 なぜか有栖川の姿までもがそこにはあった。

 てか、ウインクすな!


「クックク。わ、我も一緒に……」


 それとあともう一匹……名前なんだったかな?

 たしか調理実習でも一緒の班だったが、思い出せない。小野? 武田? まぁいいか。


「なんでお前らがここにいんだよ。というか、家族とか来てるんじゃないのか?」

「ボクのところは用事があるとかで忙しくて来れないって言ってた」

「いや、嘘つけ。本田さんの両親ならたしかに――って、イダッ?!」


 見たと言おうとした瞬間、思いっきり踵で足の甲を踏みつけられてしまった。


「ボクの両親は用事がある」

「え? いや……」

「用事があるの」

「は、はい……」


 本田さんの表情がいつにも増して怖く見えてしまった。俺に対してはさまざまな顔を見せるようになったとはいえ、今は極寒の如く冷たい。なんでかは知らないが、ひとまず両親が来ていることだけは隠しておきたいようだ。


「あれぇ〜? 本田さん両親が来ているようじゃないんですかぁ〜?」


 咄嗟に綾小路が勘づいてしまった……というか、ほぼ言っていたようなもんなんだけど。

 まるで本田さんを挑発しているような口調でこちらの方に歩み寄ってくる。


「ほら、本田さんはご家族と一緒に昼食を摂られてはいかがですかぁ〜? その方がきっといいと思いますよぉ〜?」

「いやです。ボクはたしろんと一緒にいたい」


 二人の間にばちばちとした火花が散る。

 少し前までは普通に良好な関係だとばかり思っていたのにどうして急にここまで仲が悪くなってしまったのだろうか?

 何か理由があるにせよ、ここは一旦場を収めなければいけない。


「ま、まぁまぁ。一旦落ち着いてご飯でも食べるぞ」

「「フンッ」」


 二人は互いに顔を背けると、すでに四つの机がくっつけられた席へと戻っていく。

 俺はその様子を見て、小さくため息をつく。


「ほら、何してんのよ。早く食べるわよ」

「あ、ああ……」


 綾小路に急かされ、綾小路と本田さんの間に空いた席へと着く。

 俺はこの時間にどこか居心地の良さを覚えていた。

 正直に言うと、いつものメンバーを見た瞬間からホッとしている自分がいる。

 一人寂しく昼食を摂るものとばかり思っていたから。

 綾小路と本田さんのいざこざには辟易としている部分は大いにあるが、それでも自分の居場所があるという安心感がとても強い。

 一度、自分の居るべき場所を失ったからこそ、この時間、空間、関係がずっと続いていってほしいと気持ちに表れてしまう。自分で言っておいて女々しいとは思うけど。


「フッ……」

「たしろん?」

「裕くん?」

「あ、いや、すまん。なんか面白くてな」

「何が面白いのよ……」


 綾小路は呆れたと言わんばかりの表情をしつつも、俺の前に一つの弁当箱を置く。


「え?」

「そ、その……初めて手作りしたんだけど、食べてもらえない、かな?」


 綾小路は顔を下の方に向けているものの、耳の先端が真っ赤になっていた。

 そういや、綾小路の手料理ってまだ食べたことがなかったか。

 もう半年は通い詰めているのに大抵ご飯をご馳走になるときは元凄腕シェフで現在執事をしている林田さんの料理だもんなぁ。


「先手を打つとはズルいです。たしろん、ボクも作ってきたから食べて」

「本田さんはいいでしょ!? いつも裕くんに弁当差し出してるんだから!」

「それとこれとは別です。ほら、たしろん。ボクの作った弁当の方が美味しいよ? あ、それとも、ボクを食べる?」

「ひ、昼間から何言ってんのよ! あなたには恥じらいってものがないの!?」

「恥じらいなんてあったら、ほしいものを手に入れられなくなっちゃうでしょ?」

「っ……それはそうだけど!」

「あー! もうわかったから! 二つとも全部食べるから!」


 居心地がいいとは言ったけど、やっぱりなし。すごく悪いな。

 今の関係はなんやかんや騒がしくて飽きはしないが、それでも陰キャぼっちからしてみれば……ね?

 このあと、二つの弁当をなんとか平らげはしたが、結果的に食べ過ぎによる腹痛で午後は保健室のベッドで休む羽目になってしまった。いや、普通に考えてこうなることは目に見えていたけどな? 本田さんの弁当は男である俺のことを考えて作られているということもあって、量は多いし、綾小路の弁当も不味くはなかったが、全体的にコッテリ系だったし。二人の前で全部食べると言った手前、残すこともできない状況だったから死に物狂いで口の中へと書き込んでいったけど、やはり後先を考えるってことは大切だなと思った次第だ。何も考えなしに行動してはいつか破綻してしまうからな。


【あとがき】

そろそろ新作を書きたくなってくる季節がやってきた。

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