第64話

 二学期が始まって早々に行われる学校行事がある。体育祭だ。

 夏休みが明けて一週間後には開催されるというから本当に時間がない。

 そんな中で一般授業を潰してまで朝から夕方までみっちりとした体育祭の練習。そのほとんどが開会式や閉会式、入退場だから俺からしてみればほんと無駄でしょうがない。大体、体育祭なんてリア充のためにあるようなもんだろ。陰キャでしかも運動ができない俺からしてみれば、地獄の行事と言っても過言ではない。恥晒し、公開処刑だと思っている。

 今日もクソ暑い中、練習を終えての放課後。

 いつものように綾小路邸での家庭教師のバイトが入っているのだが、


「随分と学力が上がったよなぁ……」


 昨日行った実力テストでの解答用紙を目にしながら綾小路の成長ぶりを実感する。

 以前と比べると、段違いに学力は上がっており、この夏休みの間になんとか現在学校で習っている範囲まで追いつくことができた。

 正直、ここまでできるとは思ってもいなかった。それだけにもともとから地頭がいいということなのだろう。


「ふんっ。私にかかればこれくらいちょちょいのちょいよ」


 綾小路は自慢げにも胸を反らして見せる。


「別に自慢できるほどでもないんだけどな。やっと人並み程度にはできるようになっただけだし、勝負はこれからだぞ?」


 綾小路が目指している大学を考えれば、まだまだ厳しい。

 二年の二学期から受験勉強を始めたとして、全国の精鋭と戦えるだろうか?

 T大の過去十年の志願者数は毎年九千人を超えている。その事実を鑑みて、考えてみると、全国にライバルが九千人以上いるわけであって、そのうち合格できるのは三割程度。三分の二は不合格になってしまうと言うことになる。

 やっと周りに追いついた綾小路がこの先一年で格段と学力を伸ばせることができるだろうか? う〜ん……。今の調子でいけばやれなくもないような……とりあえず応用問題とか受験を意識した問題さえ楽々解けるようになれば心配することはないと思うけど。


「あ? どうした?」


 気がつけば、綾小路が俺の顔をじぃーっと見つめた状態になっていた。


「え、あ、いや、なんでもないわ。ほ、ほら、早く勉強教えなさい」

「お、おう……?」


 最近綾小路の様子が妙におかしい。

 先ほどみたいにじぃーっと俺の顔を見ては、何も言わないし、一体なんなんだ? 俺の顔がそんなにおかしいのか? まぁ、ブサイクであることに関しては本人である自分が痛いほどに自覚はしているんだけれど。何も言われないということが一番嫌というか、心にモヤっとしたものが残ってしまう。

 ドMとかではないけれど、キモいとかブサイクと思っているのであれば、口ではっきりと言ってほしいものだ。でなければ、わからん。

 ……とは、思いつつも実際に綾小路に対してそのように言えるかと問われると……無理だよなぁ。なんと表現すればいいかわからないけど、とにかく言いづらいものがある。

 いつまで気にしても仕方がない。一旦忘れて、本腰である家庭教師のバイトにでも専念しよう。

 そして、また明日は朝から夕方まで体育祭の練習。その後は家庭教師。この一週間は同じことをループするだけになりそうだ。

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