第62話
特別棟にある空き教室はクラスとは違い、熱が籠っている。
普段はあまり使われないということもあって、エアコンこそ完備はされているが、動作はまったくしていない。今すぐに冷房のスイッチを入れたいところではあるが、あいにくこの学校ではすべて事務が管理している。そのため、エアコンのスイッチを入れようものなら、そこに行って相応な理由を述べなければいけない。俺が今回、この空き教室にやってきた理由を簡潔に述べるのであれば、あの金髪イケメン野郎に呼び出されたから。それだけのことであれば、事務員に言ったところで相手にすらされないだろう。なんなら、クラスで話せとか言われそうだしな。
俺は暑さもあって、仕方なしに教室の窓を開け放つ。
外からは容赦ない日光と熱風が室内へと流れ込み、先ほどよりかは多少マシになったような気がする。
クラスがある校舎からは少し離れているということもあって、静かな時間が刻々と過ぎ去っているのだが、それにしてもだ。向こうから呼び出しといて、まだ来ないってどういうことなの? 昼休みが始まってからもうすでに十分は経っているぞ?
昼食を摂ろうとした間際に声をかけられ、ある程度は覚悟していたけど。例の女子軍団から囲まれて、「後で向かうから田代君は先に行っててもらえるかな?」と言われたから来たものの、いまだに抜け出せていないのか?
このままでは昼休みが終わるどころか、昼食を摂り損ねてしまう。午後からは授業はもちろんのこと、放課後は綾小路に家庭教師があるし……残り二十分を考えると、あと五分程度しか待てない。
一旦、様子を見に戻ろうかと考えていた矢先、ようやく教室の引き戸がガラガラと音を立てる。
「結構待たせてしまったようですまなかったね」
相変わらずの爽やかな登場。もはや本当に悪びれているのかすら怪しいくらいだ。
「いや、それは別にいいんだけど、それで話というのは……?」
正直、自分から本題を振りたくなかった。なんなら、忘れていてほしいとすら思っていた。
けど、俺に恨みがある以上は絶対に本題を忘れたりなんかしないだろう。
前置きのように淡々と世間話のようなことをされるよりかはさっそく本題へと入ってもらって、煮るなりなんなりされた方が時間的にもすぐに解放される。
若干、心拍が上がっていることを自覚しながらも有栖川の次の言葉を待つ。
「僕としてはもう少し田代君との会話を楽しみたかったんだけど、まぁ時間もそんなにないよね……」
有栖川は本当に残念がっているような表情を見せる。
そして、なぜか頬が染まっているように見えるのは気のせいだろうか? 地肌がもともと白いせいか結構目立っている。日焼けでもしたのかしらん?
「じゃあ単刀直入で訊くけど、田代君。今、付き合っている子とかいないよね?」
「え?」
「姫花ちゃんの婚約者とか言っていたけど、あれってその場限りの嘘だったでしょ? 僕、わかるんだよ!?」
な、なんか様子おかしくない?
有栖川はぐいっと目と鼻の先まで近づく。
俺は当然ながら後ずさるも、すぐに窓の方へと追い詰められてしまう。
「今、フリーということは僕にもまだチャンスがあるということだね……」
「い、一体なんの話っスか……?」
頭が混乱しかけている中で有栖川はトドメと言わんばかりの一言を口で放つ。
「僕の“彼氏“になってくれないか!?」
「……………………は?」
一瞬、放たれた言葉の意味がわからず、脳内がフリーズしてしまった。
俺の解釈が正しければ、そういうことだと思うのだが……いやいやいやいや、絶対にあり得ないだろ。こんな女子には困らなそうなイケメンがだぞ? もしかすると、金持ちの間では一般的に使われている隠語? か、何かかもしれない。
有栖川は俺の反応を見て、何を思ったのか、ハッとしたような顔をする。
「あ、ああ、すまない。僕はなんてことを……」
そう言いながら、こめかみに手を添える。
「田代君の意向も聞かないで、勝手に“彼氏“になってくれだなんて……」
「…………」
「訂正するよ。改めて僕の“恋人“になってほしい!」
「…………」
開いた口が塞がらないということわざがあったと思うが、まさに俺の今の状況はそれだ。
恨まれていると思っていた相手から、本気の告白をされ、その相手がまたしても男。こんなカオスみたいな展開に頭が混乱しないやつなんていないだろ。
「返事はいつでもいい。なんなら今ここで――」
と、有栖川が言いかけた瞬間だった。
「「ちょっと待ったあああああ!」」
教室の引き戸が勢いよく開け放たれると同時に綾小路と本田さんがズカズカとこちらに歩み寄ってくる。
「ちょっとあなたどういうことなの!? 今まで女っ気一つないと思ったら、まさかのそっち系だったの?」
「そっち系とは失礼だよ姫花ちゃん。僕はね、田代君のことが好きなんだよ。恋愛に年齢は関係ないと言われているように現代では性別の垣根すら関係ない。だから、田代君は君ら二人には絶対に渡さない」
「「……」」
いや、ちょっ、二人とも唖然しちゃってるんですけど?!
金髪イケメンがここまで本気だということを口にされては、いくら綾小路とは言えど、言い返す言葉が見つからないのだろう。
「でも、たしろんは女の子が好き。特にボクのようなちっぱいが」
「今、性癖は関係ないでしょ……」
何勝手に俺の好みを暴露しちゃってんのこの子?
本田さんはくいっと自分のちっぱいを持ち上げて見せる。
「んなっ?! 悠くんって小さい方が好きだったの?!」
「なんでお前まで触発されてんだよ」
綾小路はなぜか自分の胸を見下ろすなり、愕然としていた。終いには「女の子の価値は胸では決まらないんだから……」とブツブツと言っているし。
「フッ。おっぱいの小ささなら僕の方がダントツだよ。なにせ“漢“だからね」
「……そ、そんな。唯一、綾小路さんに勝てていた部分だと思っていたのに……」
「ちょっ、本田さん? 諦めるの早くない? というか、俺が好きなのはあくまで“女の子のちっぱい“であって、男のやつなんて興味すらねーよ!」
昼真っ只中に俺は何を叫んでいるのだろうか。
何気ない日常が佇んでいる特別棟の一室に今なおとカオスな状況が続いていた。
【あとがき】
大学の夏休みが終わろうとしているのですが……今年の夏、僕は一体何をしていたのだろう?
なんか……小説を書きながら最後におっぱいだのちっぱいだの叫んでいたような記憶しかない…はは。
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