第61話

 俺の席の近くで女子たちが群がっている光景を目にしたのは、もしかすると初めてかもしれない。

 それだけ有栖川との顔面偏差値は雲泥の差と言えるだろう。クッソ。やっぱり顔かよ!

 こんな騒がしい状況ではもちろん休み時間だろうが、勉強に集中することはできない。俺は半ば追いやられるような形で席を立つと、すぐさま綾小路の元へと歩み寄る。


「おい、綾小路。あれどういうことだよ」


 まさか金髪イケメンが転入してくるとは思ってもみなかった。

 たしかに鎌倉では散々なことをしでかしたと思う。

 有栖川からしてみれば、泥を塗られたようなそんな感覚だったに違いない。

 でも、だからと言ってここまでの行動力を発揮するか? 仕返しにしろ、わざわざ引っ越して来なくてもよかっただろ……。俺が言うのもなんだけどさ。

 綾小路も有栖川がこっちに引っ越してくることを知らなかったのか、しかめっ面で短いため息を吐く。


「正直、私としては関わりたくないんだけど……まぁ、こうなってしまった以上仕方ないわね」

「仕方ないで済む事態かよ……」


 俺としては緊急事態なのだが?

 身の危険こそ、今は公然の目があるということもあって、感じてはいないが、下校時間とか一人になった時がちょっと怖い。綾小路並みに財力があるみたいだから裏社会の人を雇って俺を抹殺しろみたいな命令をしていないだろうか?

 表の顔は良くても、裏の顔がどす黒いというやつは結構いる。今の様子を見る限りでは、好青年と言った感じで誰に対しても優しい一面を見せているが、それももしかすると作戦の内なのかもしれない。クラスメイトとの信頼関係を築きあげることによって、社会的地位や権力などを確立させ、俺を精神的な攻撃で追い詰めていく。一方で俺はぼっちが故にクラスメイトとの信頼関係なんて、ほぼ皆無に等しい。すなわち、俺の負け確定だな!

 まぁ、勝ち負け云々はともかくとして、非常にマズい。特別推薦枠を狙っている俺からしてみれば、一つでも問題は起こしたくないというのが本音だ。

 綾小路の家族間の問題に首を突っ込んでしまったツケがこんなところで帰ってくるとは……やはり他人事には手出ししない方がいいということだな。いい教訓になったと思う。

 さて、これからどうするべきか。

 有栖川の怒りを鎮めるためには、最大限の謝罪しかないだろう。

 土下座……くらいしか思いつかないが、本気でブチギレている相手はこれだけじゃ気が済まないと思う。必要であれば、サンドバックになる覚悟もしなくちゃいけない。精神的には長時間の勉強でかなり鍛えられているとは思うけど、肉体的にはマジでひょろひょろだからな……骨が折れない程度で済めばラッキーだけど。


「……ごめんなさい。私のせいで……」

「……」


 俺は小さく息を吐く。

 改まって謝られると、なんだか罪悪感にも似たような感情が湧き上がり、とても気持ち悪い。

 綾小路のせいではないと口にしたいところだが、どう反応すればいいかわからなくなってしまった。


「とりあえず、私の方でも何か対策を打っておくから。それまでは辛抱してもらえる?」

「……ああ」


 俺たちの間にはどんよりとした重たい空気が流れていた。

 別にケンカをしたわけではないというのに、気まずさのような雰囲気が漂っている。

 それを上塗りするかのように休み時間が終わる予鈴が室内に鳴り響く。

 同時に一限目の古文の教科担任が教室の引き戸をガラガラと開け、中へ入ってきた。

 この問題において、誰が悪いとかはないと思っている。むしろ俺ら子どもたちは被害者であり、その大元を作った親……大人が悪いと思っている。

 上が害悪であれば、被害を被るのはすべて下の人間ばかり。

 会社の不祥事だって、上が責任を取らずに下に擦りつけているってこともしばしニュースで放送される。世の中というものは食物連鎖のように弱肉強食の世界であり、弱い立場の人間はどう頑張ったって社会的地位が確立されない限りは底辺のままだ。

 ――ほんと、この世界は腐りきっている。

 勉強しかできない自分が時々嫌になってしまう。

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