第52話

 いつもとは違い、街には浴衣姿をした人々を多く見かける。

 普段なら帰宅途中のサラリーマンや或いは部活動を終えた児童・生徒・学生が行き交う歩道も今となっては家族連れや友人、恋人同士が多い。

 午後六時半。

 日中よりもだいぶ涼しくなった薄暮の中で、俺と綾小路は花火大会が行われる会場である河川敷へと向かっていた。

 隣で下駄のカランコロンとした足音を聞きつけながら、綾小路の歩幅に合わせて先を進んでいく。

 久々の花火大会ということもあって、内心では少し子どもの頃を思い出させるようなわくわく感があった。それに対して懐かしさを感じつつも、隣が綾小路であることに落胆を覚えられずにはいられない。

 本当の恋人であれば、どれだけ甘酸っぱくて楽しい青春の一ページになっただろうか。こんないかにも顔だけっていう女と一緒に来ていてもなんの感情も抱かないんだが?

 この様子を見ている周りからはきっと羨ましいとか思われているのだろう。その気持ちは分からなくもない。だって、俺でさえ、たぶん嫉妬みたいな感情を抱いてしまうと思うから。だが、実際はただの地獄だ。本性を知ってしまっている以上、何も湧かないし、早く帰りたいという気持ちだけが先ほどから脳裏によぎっている。

 これからの約三時間。俺は欲望(早く帰りたい)を抑えられることはできるのだろうか……?

 それにしてもさっきからおっぱいがすげぇな! 歩くたびにたゆんたゆんしてるぞ?


「何? どうかしたの?」


 綾小路が俺の視線に気づいたのだろうか? 蔑むような目でキッと睨みつけてきた。


「え、あ……すまん。なんでもない……」

「変なこと考えてたりしてたら問答無用で跡形もなく殺すからね?」

「……」


 実際に財力がある人から言われてしまうと、本当にやりかねないから怖い。ただの一般人が口にすれば、冗談混じりなんだなと軽く流せるんだけど……。

 何はともあれパッド入りは無視しよう。気にはなるけど、もう関わらない! それが一番身のためでもあるからね!

 歩道から土手沿いの小道に入った途端に人数が増えていく。

 遠くには屋台の小さな光がポツポツと無数に照らし出されている。

 コンクリートやアスファルトで埋め尽くされた都会では滅多に見られない田舎のような風景がそこには存在していた。

 今の若い人は都会にばかり魅力を感じてしまう。それに関しては俺も若い人なので分からなくはないが、田舎にだって魅力はある。自然に溢れた山やすぐそこで流れている川だってそうだ。空を見上げれば、満点の星が浮かび上がっており、花火とのコントラストはまさに美景。

 よく都会育ちの人が田舎の方に移住したりしてくることがあるけど、その人たちはそういった風景に惹かれているのだろうと思う。

 例年は勉強やバイトでロクに自然と触れ合う機会はなかったけど、たまにはこういった風情を楽しむのも乙というものなのだろう。

 ――本田さんと鉢合わせしませんように。

 一度断ってしまった手前、顔を合わせづらい。

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