第44話

 朝、眩い日差しに目を覚ます。

 窓の隙間から心地いいそよ風が吹き込み、カーテンを優しく揺らしている。

 腹の上に何やら違和感を抱き、視線を向けると、そこにはサメがいた。


「……ん」


 ……いや、この見覚えのあるパジャマは綾小路だ。

 それにしてもなんだこのデジャブ感。前にもあったよな?

 一応、鍵をかけていたはずなのだが、おそらく合鍵でも使用したのだろう。

 てか、なんでまた俺のベッドの中に潜り込んできてんだよ。昨晩は別に雷も鳴ってなかっただろ。

 綾小路をどうしたものか……。がっちりとホールドされているということもあって、振り下ろすこともできない。


「おい、綾小路。起きろ」


 このまま放っておくというわけにもいかないため、気持ちよく眠っているところ悪いのだが、仕方なく起こすことにした。


「んん……」


 腹の上でサメがもぞもぞと動き出す。

 しばらくして、綾小路が眠たげな目をしながら俺と視線がぶつかる。


「裕太くん……えへへ♡」


 にへらぁ〜とした笑みを見せた後に顔を胸の中に埋めていく。


「裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん裕太くん」

「あ、綾小路さん?」


 自分の顔を俺の胸に押し付けながら、すりすりとしている。

 綾小路の様子がおかしい!? 昨日の出来事がストレスになって壊れてしまったのか?

 ひとしきりすりすりし終えた後、綾小路は顔を上げる。


「この時間がずっと続けばいいのに……そう思ってしまう私は強欲かしら?」

「え?」


 綾小路はようやく俺の上から退くと、ベランダの方へと移動する。

 少し開いた窓の方から強い風が吹き、綾小路の艶やかな黒い髪がふんわりと踊る。


「こんなに幸せだと心から思ったのは今日が初めて。ほんと怖いくらいに……」

「……」


 俺もベッドから起き上がると、綾小路の隣に並ぶ。


「ねぇ、裕太くん。昨日はありがと。裕太くんが乗り込んできてくれたおかげで婚約も無事に破棄になったわ」

「あ、ああ……まぁ」


 俺は教師としての務めを果たしただけに過ぎない。別に礼を言われるような事ではない。

 それよりも、


「昨日は勝手に俺が“約束の相手だ“って嘘をついて悪かったな」


 あの状況では、そうするしか方法がなかった。綾小路の家庭教師だと言っても「部外者は引っ込んでろ!」の一喝で話しもできなかったと思うし、致し方ないとは思っている。

 だが、綾小路はなぜかぽかんとした表情を浮かべていた。


「え?」

「え?」


 何か変なことでも言ったか? 言ってないよな?


「も、もしかして……いえ、なんでもないわ」


 そして、なぜか落胆したように肩を落とすと、頭痛でもするかのようにこめかみに手を添える。


「(まったく……なんで勉強はできるのにこういうことになると超鈍感になるのよ……)」

「なんか言ったか?」


 小声でぶつぶつだったため、よく聞き取れなかった。

「もういい! とにかく裕太くん、覚えてなさいよ!」

「え、何が?!」


 綾小路は頬をほのかに染めながら、びしっと人差し指を俺に向けると、尾びれをゆらゆら揺らしながら部屋をでて行ってしまった。


「結局なんだったんだ?」


 よくわからないが、怒らせてしまったのか?

 何はともあれ、今日はいい天気だ。窓から映る外の景色は昨日よりも輝いてい見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る