第41話 綾小路 side
顔合わせはホテルの中にあるレストランの個室にて執り行うことになっている。
林田と共にそこへ向かうと、すでに両親の姿と有栖川家が対峙するように席へ着いており、私だけとなっていた。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
私は一同にむかって、頭を下げる。
「まぁまぁ遅刻したわけでもないですし」
有栖川健の父がにこにこしながら宥めてくれるも、私の両親は相変わらずの無愛想っぷり。私を一瞥するなり、何も言葉をかけてくれることはなかった。
ひとまずもう一度一礼した後に父の隣の席へと着く。
目の前には有栖川健の姿があり、愛想のいい表情を浮かべていた。
「こんにちは、姫花ちゃん。昨日ぶりだね」
「……」
外面だけはいいとでも言うのでしょうか?
昔から健は自分の“弱点”になりうる部分を上手く隠してきている。そのせいか、周りからは「よくできた息子さん」という風に捉えられてしまっているのですが、私からして見れば、そうとは思えない。健にも何かしらの欠点があるはず。それがわからないから私はたぶん彼のことを恐れているのだと思う。
「ほら、健くんからせっかく話しかけてきているのだから何か返しなさい」
父が肘で私の腕を小突く。
「申し訳ありません。姫花ったらこの歳まで人見知りで……お恥ずかしい」
母は有栖川家が機嫌を損ねないよう愛嬌を売る。
「いえいえ、可愛らしいことじゃないですか。なぁ、健」
「はい、そうですね」
この場にいるみんながみんな、相手の表情を気にしながら、化けの皮を被っている。
機嫌を損ねないよう笑顔を絶やすことなく、婚約前の顔合わせという名の会社間でのやりとり。
私はこの空気がとても嫌いだった。
わけもわからず、いきなり父から電話が来たかと思えば、健との婚約が決まった鎌倉に来いだと?
私はあなたたち両親にとってなんなの? 世間一般的に見て、子どもじゃないの?
両親に対する嫌悪感や失望感、喪失感に飲み込まれながらも場は、私を置き去りにして、今後の会社での取引や協定について盛り上がっている。
婚約はあくまでも会社同士を結ぶ架け橋の一端でしかない。
そんなことをしなければ、取引や協定ができないという脆い関係なら、最初からぶち壊してしまえばいい。外堀だけ埋めたって、中身がスカスカだったらいずれは崩れ去るのだから……。
「……」
「どうしたんだ、いきなり席を立って?」
父がそう言うなり、その場にいる全員が私の方に視線を向ける。
正直、怖い……。
両親にこれまで歯向かったことなんて一度もなかったから。
これが初めての反抗にして、最大の抵抗。
親の言いなりという鎖から逃れ、自分が望んでいる未来を口にするんだ。
“私……健とは婚約したくありません”
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