第40話 綾小路 side

 車窓からはあまり見慣れていない鎌倉の風景が流れていた。

 いくら観光地や歴史的な場所として有名であってもそこで暮らしている人々はなんら変わり映えがない。そう表現するのは現地の人たちに失礼かもしれないけれど、どこに住んでいる人であってもそうだ。環境がただ変わっただけであって、中身は一緒。

 この政略結婚も最悪の場合はそのようにしていけばいい……と、さえ思い始めていた。

 要するに私は両親から見れば、ただの道具でしかない。私を引き合いに有栖川グループとのより強力な協力関係でも漕ぎつけようとしているのでしょう。有栖川グループは日本でも五本の指に入る財閥。私の家もその五本の中に入っているのだけど、日本でもトップクラスの財閥同士が手を結んだら、かなりの経済効果が見込まれる。今後の利益を考えての一つの“行事”みたいなもの。そんなくだらない駆け引きの道具に使わないでほしい。

 あの有栖川健は一体何を考えているのか……?

 昔からそう。小さい頃から知り合いではあったけど、何を考えているのかさっぱり掴めない。だから私はあの男が心底嫌いだ。苦手とかそういう甘ったるいものではない。生理的に毛嫌いしていると言ってもいいわ。あんな男と結婚するくらいなら、まだ田代くんと一緒に暮らした方が百倍マシだわ。


「そう言えば、お話がございました。お嬢様」


 赤信号で停車したとほぼ同時に運転をしている林田が声をかけてきた。


「何?」

「田代様が養子縁組かどうかという話でございます」

「え、もう調べ終わったの?」

「はい、お聞きになりますか?」


 この男……前々から思っていたけど、何者なのよ……?

 調べて欲しいことがあったら、どんなことでも翌日には返答が来るから、便利なことはそうなんだけど、ここまで情報通だと不気味すら感じてしまう。


「……どうかなされましたか?」


 青信号になり、車が動き出す。

 ルームミラー越しに林田と目が合ってしまい、すぐさま外の方へと視線を逸らした。


「い、いいから、さっさと聞かせなさい」

「かしこまりました。では、率直に申し上げますが、田代様は養子縁組に入られておりました。現在の苗字は叔父にあたる夫婦のものを名乗っており、旧姓は“中村”でございました」

「……そう」

「お探しだった人物ではなかったでしょうか?」

「……いえ、探していた人と完全に一致したわ」

「左様ですか」


 田代くんが想い焦がれていた裕太くん……その事実に私の中では複雑な感情が渦巻いていた。

 好きだった相手に随分とひどいことをしてしまったという罪悪感と後悔。

 これから婚約者と会い、政略結婚をさせられてしまうという現実に対する嫌悪感。

 そして、再び出会うことができたという嬉しさ。

 私の中でさまざまな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、ちょっとした混乱すら引き起こしていた。

 ――どうしたら、いいの? わからないわからないわからないわからない……。

 呼吸が段々と苦しくなっていく中で、再び車が停車する。

 外を見れば、顔合わせをする予定の場所であるホテルの駐車場だった。


「お嬢様」

「……何?」

「一度、頭の中を空っぽにしてみてはいかがでしょうか?」

「は?」


 こんな時に何を言って――


「田代様のお言葉を思い出すのです。昨日、お嬢様に向けて、彼はいろいろと仰られていたでしょ?」


“――ちゃんと現実と向き合って、そして正直な思いをクソ親どもにぶつけてみろよ!”


「単なる綺麗事だとは思われますけど、彼の言う通りかもしれません。嫌ならはっきりと声に出して申し上げるのも手段の一つです」


 裕太くんが私のために言ってくれた言葉……。

 何度も何度も思い返しながら、私は絞り出すかのような息を吐き出す。


「そう、よね。ここでうじうじしていても仕方がないもんね」

「その通りです。お嬢様は決して一人ではありません。勇気を持ってぶつけてきてください」


 私は車から降りると、林田とともにホテルのエントランスへと向かう。

 今季……いえ、今世最大の戦いが今始まる。


【あとがき】

 今夜あたりからまた改稿作業にでも入ろうかな……ぐへへ

 てか、文字数的にあと2倍くらいはかかりそう……。10万字程度で終わらせるつもりだったのに……長い!

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