第39話

 翌朝になり、ようやく部屋から出てきたかと思えば、話しかけても目を合わせてくれるわけでもなく、会話すらまともにすることができなかった。

 背格好も普段よりもきっちりとしたマキシワンピースを着用しており、見た目はお嬢様そのものを具現化させたようなそんな感じになっている。まぁ、実際に御令嬢なんだけどさ。

 リビングで朝食を摂っている時も、淡々としており、この現状に危機感すら覚えていた。

 昨日の婚約者乱入の件から俺と綾小路との関係が崩れ始めている。

 こうなってしまったのもおそらく俺のせいだ。俺がでしゃばった故にこのような状況へと発展してしまった。

 このままでは家庭教師というバイトにでも差し支えが障じてしまいかねない。

 綾小路自身の問題はもう彼女でどうにかしなくちゃいけないとしても、俺との関係は以前と同様なくらいにまで修復させなければ、受験勉強も捗らないだろう。

 だからこそ、ずっと話しかけているのだが、


「昨日はちゃんと勉強したか?」

「……」

「もしかして難しいところがあって、躓いたりとかしたんじゃないか?」

「……」


 クッソ。さっきからツンツンしやがって!

 この調子ですべて無視されている。ムスッとしたような顔をしながらサラダをむしゃむしゃ食べている姿がなおさら腹ただしい。こっちは気を遣いながら歩み寄ろうとしているというのに……。

 やはりしばらくの間はそっとしてやった方がいいのだろうか? 林田さんにも昨晩はそのようなことを言われたし……一年の復習やらでただでさえ受験勉強の時間が押されている。だが、焦ったとしても逆効果ということか。綾小路が自分から話しかけてくるまではそっとしてやった方がいいのか?

 ――まったく女心はわからねぇ!

 何が良くて何がダメなのか……長年、女子と関わったことがほぼなかった俺からしてみれば、どんな難関大学のセンター試験よりも難しい。なんなら、一生解けないかもしれない。それくらい女心というものは複雑で、なおかつ絡み合って解けないほどにまで理解し難いものだ。

 やがて朝食を摂り終えた綾小路は席を立つ。


「林田。準備してくるわ」

「かしこまりました」


 林田さんにそう告げると、俺には目もくれず、リビングを後にする。


「なんなんだよあいつ……」


 俺も残りわずかとなったサラダをむしゃむしゃと頬張りながら、今日の勉強メニューを考えていると、テーブルの脇に二回に折り畳まれたメモ用紙みたいなものを置かれる。


「え?」


 それは林田さんからだった。


「念のためにと思いましてね」


 俺はその折り畳まれたメモ用紙を開くと、そこにはどこかの住所が書かれていた。


「ここって……?」

「さあ、どこなんでしょうかね? 私の口からは言えませんが、それでもこれだけは言わせていただきます。どうしても気になるのであれば、思い切って行動を起こしてみるというのも時にはいいのかもしれません。行動を起こさなければ、何も変わらないのは明白です。何か気になるようなことがあって、その事態をどうしても変えたいというのであれば、自分自身で動くというのも一つの手段と言えましょう」

「自分で動く……」

「決して無粋なことではないと思いますよ?」


 林田さんは「それでは、失礼いたします」と最後に付け加えると、リビングから出て行ってしまった。

 この住所を見る限りでは、綾小路と昨日の婚約者というやつが今日、顔合わせをする所なのだろう。

 両家にとって政略結婚というものは企業の利益面から見ても、とても大切な行事と言える。それなのにどうして執事である林田さんはわざわざ住所を教えてくれたのか……? あの人が何を考えているのか、さっぱりわからない。

 ――乗り込んだところで俺に何かやれることでもあるのか……?

 一人取り残されたリビングに深いため息が響いた。

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