第35話

 約一時間ほど首都高速を走り抜けたところでようやく目的地である別荘へと到着した。

 近くには某ラノベヒロインの名前の参考にもなったと言われているガハマ……じゃなくて由比ヶ浜海水浴場があり、潮の香りが風に乗って流れてくる。

 空港から南下している時点でだいたいは予想がついていたが、それにしても鎌倉……歴史と風情が入り混じった観光地でありながら、芸能人や有名人などのリゾート地としても大変人気があるだけあって、結構街並みの風景はいい。

 荷物を手にして玄関の前に横付けされたリムジンから降りると、さっそく身なりが整った金髪イケメンがお出迎えをしてくれる。


「二人ともやっはろ〜☆」

「や、やっはろー……」


 いきなりの意味不明な挨拶に反射的に真似をしてしまった。

 これはなんなのか、隣にいる綾小路へ目で問うが、ぷいっと顔を逸らされてしまう。


「ああ、これはね、今僕が通っている高校で流行ってる挨拶なんだ。やっほーとハローを足して、二で割ったような造語」

「そんなことより、なぜあなたがここにいるの?」


 午後の猛暑の中、一際冷たい声音が響く。

 言動からして、使用人ではないことはわかったが、それにしても誰なのだろうか?


「なぜって、姫花がこっちに来るって聞いたからだよ? 明日、会う前に一度挨拶だけでもしておこうかなぁって思ってね」


 金髪イケメンは綾小路の威勢に怖気付く素振りも見せず、ケロッとしている。

 ただの知人・友人……とは思えないが、様子を見る限りではかなり長い付き合いであることが窺える。年齢も俺たちと同い年くらいだろう。見た目もきっちりしている部分を考慮するに……こいつもどこかの会社の御曹司なのか? やっぱりお金持ち同士の付き合いとかよくありそうじゃん? それこそ何かのパーティーで知り合ったとかさ。


「って、そう言えば、田代くんには自己紹介していなかったね。初めまして。僕の名は有栖川健ありすがわたける。歳は同じで姫花とは父が経営している会社との取引の延長線で小さい頃に知り合ったんだ。それ以来ちょくちょく顔を合わせる間柄であり、一応“婚約者”でもあるかな」

「え、婚約者って……」


 なぜ自己紹介もしていないのに俺のことを知っているのか気にはなったが、それよりも最後に突きつけるように告げられたことに驚きを隠せないでいた。

 ……いや、お金持ちの世界ではまだ当たり前なのかもしれない。親が経営している会社の今後の友好的なお付き合いのためにも子ども同士を政略結婚させるという文化があることが、俺みたいな庶民には理解し難いことなのだが、それがこいつらからしてみれば一般的なのだろう。

 でも、綾小路には好きな人がいたはずだ。

 長年、想いを寄せていた人物が今目の前にいる金髪イケメン……有栖川とは到底思えないのは自明の理。もしかして、そのことについて綾小路は何も言っていないのか?


「余計ないことは言わないで。田代くん、もう中に入りましょ。時間の無駄だわ」

「いや、だけど」


 どこか煮え切らない部分はあったが、綾小路に袖をぎゅっと掴まれる。

 ――これ以上は何も聞かないでってか。

 婚約者の問題については当人同士のことであり、部外者である俺が口出しする権利はどこにもない。ましてや本人から止められているのであればなおさらのことだ。

 けど、このままでいいとは決して思えない。親同士が決めた相手だからとか、言うことを絶対に聞かないといけないとかそんなのは間違っている。俺たちの人生は決して親のものではなくて、自分のものであり、どういう未来へ進みたいのかは個人で決めなければならない。

 ――親の言いなりなんて……!

 俺は溢れ出しそうな感情をグッと抑えると、綾小路とともに玄関口を目指す。

 有栖川の横を通りすがる際に、


「姫花はどうやら田代くんに心を開いているみたいだね」


 どこをどう見れば、そう思えたんだろうと気にはなったが、スルーすることにした。

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