第33話

 初めての飛行機がまさかのプライベートジェットになるなんて思ってもみなかった。

 てっきり通常の旅客機に乗るものとばかり思っていたけど、綾小路くらいの大富豪からしてみれば、そっちの方が有り得ない話であって、こっちが当たり前なのかもしれない。

 内装はやはりと言うべきか、一般的な座席と比べ物にならないくらいに広々としていて、専属のCAさんもいる。いや、そもそも通常の旅客機の座席なんてまだ知らないから比較しようにも比べられないんですけどね。

 午前十一時になったところで機長のアナウンスを経て、ジェット機が滑走路を走る。

 聞いたこともないようなエンジン音が機内に響き渡り、機体が傾いていくのがわかる。

 窓から外を見れば、どんどんと地面が離れていき、建物もそれと比例して、小さくなっていく。次第に地上のあらゆるものが見えなくなったところで、代わりに雲が真下に映し出されていた。


「いつまで見てるのよ」


 綾小路はまるで「子どもね」と言わんばかりの呆れたような口調で言い放つ。


「別にいいだろ。初めてなんだから」


 登山もしたことがない俺からしてみれば、雲の上というのは本当に新鮮で神秘的な光景。

 よく天国はどこなのかと小さい子に問われた際は、空や雲の上と答えることが多いと思うが、まさにそうなのかもしれない。いや現実的な話をすると、そうでもないのだが、天国と表現してもいいくらいに幻想的で美しいと思う。

 しばらくして、雲の上を眺めるのも飽きてきたところで昼食時間となる。

 専属のCAさんが機内食をテーブルの上にそれぞれ並べる。


「意外と普通? なんだな」


 一般的な機内食がどういうものなのか目にしたことがないため、わからないが鶏そぼろごはんに煮物やらが入った弁当だった。


「食に関してはあまりこだわりはないからね。お腹の空腹さえ満たせればいいと私は思っているわ」


 綾小路の持論にそれはそれでどうなのだろうかと思わなくもないが、一理あることには間違いない。食を摂るという行為は本来美味しいものを口にすることが目的ではなく、生命維持に必要不可欠な行為だ。味や風味を楽しむということはその二の次。食に対する楽しみは欠けるものの、綾小路の考えには一概に否定はできない。

 まぁ一般的な機内食であれば、味も不味くはないだろう。海外はともかくとしても日本の機内食は評判がいいと耳にしたことがあるしな。

 あとどれくらいで目的地まで到着するのかわからない。

 どこへ向かっているのか、さっぱり見当がつかない中でさっそくではあるが、機内食に手をつけた。

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