夏休み

第27話

 七月中旬にもなると暑さがさらに厳しくなってくる。

 カンカンに照り付けられたアスファルトからは陽炎ができ、地上は灼熱地獄そのものだ。

 セミの鳴き声がどこからともなく響き渡り、昼下がりの午後ということもあって、外で元気よく遊んでいる子どもたちをたびたび見かける。

 ――俺も小学生の頃は結構、遊びに行ってたっけ?

 それこそ当時の友人たちと市民プールに出かけたり、はたまた山や地元の駄菓子屋に寄ったり、あの頃は何かと楽しい思い出ばかりだ。

 今も友人関係を上手く築けていたら、こんな退屈そうな青春も多少はマシな方になったのだろうか?

 そんなことを思いながらも俺は中央駅へとやってきていた。

 ここへ来るのも実にいつぶりだろうか? 以前はこの近くにあるクレープ屋でバイトをしていたということもあって、よく電車に乗って中央駅までやってきていたのだが、辞めて以降一切足を運ばなくなった。

 一ヶ月? いや、もっとそれ以上か?

 ともあれ、久しぶりに訪れた中央駅は前とはほとんど変わらず、多くの人で混雑していた。

 そこから西口の方へと出て、歩くこと三十秒。


「ここか……」


 俺はおしゃれなカフェの目の前で立ち止まっていた。

 ルナーバックス……略してルナバ。アメリカに本社を置き、世界的にチェーン展開をしているカフェ業界では最大手の店。内装は落ち着いた感じになっており、よくサラリーマンやキャリアウーマン、OLが利用しているイメージではあるが、最近ではインスタ映えとかでそれよりも若い世代にも人気に拍車がかかっている。そのせいか、一部の隠キャの間では「陽キャしかいけない店」として知られ、俺も一度も入店したことがなかった。

 俺もとうとうルナバデビューか……。

 歩道から店内を覗くと、やはり社会人というよりも中高生が多く目立っている。

 ――本当に俺、こんなところに入ってもいいのか?

 入店前とはいえ、ルナバ周辺には見えない陽キャオーラが漂い、結界のごとく先ほどから謎に体力と気力を削られている。俺としてはもうこの場から離れたい……。なんなら、中央駅に隣接してあるショッピングモール内にあるゲーセンへ避難しようか、そんなことを考えていると、ふとポケットに突っ込んでいたスマホが震え出す。

 取り出して画面を開くと、


「げっ、綾小路から電話……」


 嫌々ではあるが、このまま出なかったらずっと着信音は鳴り止まない。以前にお風呂で電話に出られなかった時は十分間で五十件の着信が入ってたからな……ほんと怖い怖い。


「もしもーし」

『あなたいつまで外にいるつもりなの? 早く入ってきなさい』


 それだけを告げると、綾小路は一方的に電話を切ってしまった。

 ――そう言われてもなぁ……。

 謎の緊張感に襲われながらも、俺は恐る恐る店内へと入る。

 そして、即座に辺りをキョロキョロと見回すと、綾小路は歩道が見える席の一番端っこの方に陣取っていた。


「遅い」


 出会って開口一番にかけられた言葉がこれだ。


「そう言われてもな……」


 こっちは見えない陽キャオーラのせいで無駄に体力と気力を削られてるんだ。こっちの身にもなってもらいたい。

 文句を言いたいところではあるが、現に待ち合わせ時刻より遅れてしまったのは事実だ。この場合は素直に謝っておくのが正解なのだろう。


「遅れて悪かった。少し電車が混雑していて、乗りそびれた」

「そう。なら仕方ないわね」


 案外あっさりと許してくれたことに多少驚きつつも、俺は飲み物を注文しようとする。

 ――って、どうすればいいんだ?

 普通のカフェ店とは違い、店内にはウェイターが見当たらないし、テーブルの上にもメニュー表がない。


「何そわそわしてるの? もしかして注文の仕方がわからないとか?」

「それは、まぁ……どこですればいいんだ?」


 綾小路は短い息を吐くと、「こっちに来て」と言って、店内中央にあるカウンターへと移動する。


「注文はここでするの」

「なるほど……マッグみたいな感じか」

「まぁ、システム的には一緒ね。ここで注文して代金を支払った後、商品を手にして席で飲食するっていう感じ」

「とりあえずはわかった」


 というわけでさっそく注文をするべくカウンター前へと来たのだが、


「コーヒーフラペチーノください」

「サイズは?」

「えーっと……」


 メニュー表に書かれていたのはマッグのような“S、M、L”ではなく、“Tall、Grande、Venti”という見たこともない表記だった。

 単語の意味は理解はできるが、肝心な大きさがわからない。普段“S、M、L”表記に慣れているからこそなのだろう。ここは無難に“Tall”にしておくか。単語の意味としては「高い」だったと思うし。


「じ、じゃあトールで」

「かしこまりました。合計で四百二十円になります」


 地味に高いんだな……。

 俺は財布から代金を支払うと、コーヒーフラペチーノを手に、席へと戻っていく。


「どうだった? はじめてのルナバ」

「はじめてのおつかいみたいに言うなよ……。まぁ、いい経験にはなったと思う」


 ただ今後利用するかはわからないけどな! なんなら、利用しない確率の方がだいぶ高い。九割程度? こんなリア充だらけな店なんて行けるかッ!

 それからして、一息ついたところで俺から本題へと入る。


「で、今日はなんでまた俺を呼び出したんだ?」


 理由はないというのは絶対にありえない。綾小路が呼び出す時は大抵厄介ごとが多い。

 今回は一体何をやらされるんだろうか?


「そんなに身構えなくても何かをさせるというつもりはないわ。ただ旅行について相談があって今日はここまで来てもらったの」

「旅行?」


 それって俺に相談してどうにかなるものなのか? 第一、旅行なんてしたことないし。


「私、毎年夏休みに入ると必ず旅行に出かけるのだけど、今年も海辺の方まで行こうと思っているの」

「ほーう。さすがお嬢様だな。それで好きに行けばいいじゃないか。なんの相談があると言うんだ?」

「今、あなたという家庭教師を雇いながら毎日勉強しているわけでしょ? その結果、期末考査では初めて実力で平均点以上取れたわけだけど田代くんにもぜひ旅行へ同席してほしいの」


 要は旅先でも隙間時間を見つけて勉強を教えてほしいということか。


「いやでも、旅費なんて払えないぞ?」

「そこは安心して。私が誘っているわけだし、田代くん一人くらいの旅費は普通に払うから」

「そうか……ちなみにバイト代は?」

「もちろんいつも通り支給するわ」

「わかった。じゃあ、喜んで参加させてもらうわ」


 旅行もできる上にお金ももらえるなんて一石二鳥じゃねーか。参加する以外の選択肢がどこにある?

 最近は新居への引っ越しという予定外な出費も重なって、通帳の残高はえらく寂しくなってしまった。前住居にかけていた災害保険も結局は最高が二十万円ということで満額下りては来たものの、家具家電や生活雑貨、衣類に教材類をすべて一から揃え直した結果、全て使い切るどころかそれ以上かかってしまったし……。今はとにもかくにもお金が欲しい。


「ありがと。じゃあ、そうと決まれば、この後ショッピングに付き合ってもらってもいいかしら?」

「え?」

「旅行に同席するのでしょ? 必要なものを揃えないと」


 必要なものとはなんだろうか?

 毎年行っているのなら、特に用意するものなんてなさそうに思えるんだけど?


【あとがき】

長くなってごめんよ〜




最近、☆もフォロワーも伸び悩んできているからエタル前に書きだめしないとっ!

とりあえず文化祭辺りまではストーリーはある程度浮かんでいるから消えないうちに……っ!

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