第25話【改稿済み】

 放課後にもなると、雨は収まっていた。

 校舎の窓から見える空には分厚い雲だけが残り、その風景には不気味さすら感じられる。

 大雨が止んだとは言えど、これじゃまたすぐに降り出すだろう。そんなことを頭の中で思いながら、俺は特別棟にある空き教室へとやってきていた。

 そこには俺以外に綾小路とあともう一人、本田さんがいる。

 二人とも険しい表情を浮かべながら、対峙している状態だった。


「本田さん。最近、田代くんにベタベタしすぎじゃないですか?」


 一番始めに口火を切ったのは綾小路からだった。

 腕を組みながら、眉間にはシワを作っている。

 修羅場……今の状況を説明するならばまさしくその通りだった。

 二人の女子が威圧的なオーラをビシビシと発しながら牽制し合っている。


「綾小路さんには関係ないです。たしろんも嫌がってないですし」


 本田さんはいつもながらに無表情ではあるが、周りの空気感がものすごく冷たいように思えた。まるで氷の女王を彷彿とさせるような……綾小路とは違った怖さがある。


「た、たしろんねぇ……」


 綾小路は一度、俺の方をギロリと睨む。

 いや、わかってるよ? こうなってしまったのもすべて俺のせいだと言いたいんでしょ!?


「と、ともかく田代くんと人前でベタベタするのはやめてください! そもそも田代くんには私と言う彼女が――」

「本当は付き合っていないのにですか?」

「え?」


 とうとう本田さんが切り札を出してきた。

 核心的な部分を突かれ、綾小路の動きが止まる。

 まさしく形勢逆転。もっとわかりやすく説明するならば、浮気相手を咎めていた綾小路だったが、本当は恋人同士でもないことを本田さんに見抜かれてしまった。そのことによって、そもそも付き合ってもいないのだから浮気でもなんでもない。すなわち綾小路にとやかく言われる筋合いはないというのが現状だ。


「ボク、知ってるんですよ? 二人が本当の恋人でないことを」


 ここぞとばかりに本田さんは攻めていく。


「そ、そんなわけ――」

「じゃあ、これを聴いてもですか?」


 そう言うなり、おもむろに制服のポケットから取り出したのはスマホだった。少し操作をした後、何やら音声を流す。


「い、いつの間に……?!」


 流れてきたのは俺と綾小路が会話をしている様子だった。

 その内容は紛れもなく、偽恋人であることを確証させるのに十分なものだった。


「二人の様子が気になって、小型の盗聴器を仕掛けてたんです」


 盗聴器って……。

 俺はすぐさま着ている制服のあっちこっちをまさぐる。

 音声を聴く限りではおそらく俺の制服のどこかに仕掛けられていたのだろう。本田さんと綾小路は特に接点もない間柄だったから、仕掛けるとすれば俺しかいないはずだし。


「あ、たしろん。安心して。ブツはもうすでに処分したから」

「そ、そうか……」


 本田さんは小動物みたいで可愛いなとは思っていたけど、案外怖い一面も備え持っているんだな。

 たしかモ◯ハンの上位クエストで「可愛いものにも牙はある」ということわざみたいなものがあったような気がするけど、今の本田さんはまさにそれだ。


「これって二人が恋人同士でないことを裏付ける証拠にもなります」

「……何が目的なんですか?」


 綾小路の表情が悔しさに滲む。


「それはもう認めたという解釈でいいですか? ボクは別にお金を要求しようとかは考えてないです。ただ……」


 本田さんはこちらへと振り向くと、びしっと指を差す。


「たしろんを解放してください」


 力が篭ってはいるが、声音は極寒の如く冷たい。

 綾小路はこめかみに手を当てながら、ひとしきり俯く。


「……できないわ。田代くんは私の彼氏ですから」


 顔を再び上げたかと思えば、表情は先ほどとは違い、どこか覚悟が決まっているように見えた。

 ――何を考えてるんだ……? バラされてもいいと言うのか?


「では、これを学校中に流布してもいいんですか?」

「ええ、構わないわ。その前に田代くんと本物の関係になればいいだけですから。なんなら、今ここでキスして見せてもいいですけど?」


 綾小路は俺の元まで近づく。


「お前……本気、なのか?」

「ええ、覚悟はできてるわ。もともと私が撒いた種ですもの。バレてしまった以上、腹を括るのは当然でしょ?」

「いや、でも……」


 好きな人でもない奴とキスなんてしてもいいのだろうか? 俺はともかくとして、やたら記念日が大好きな女子からしてみれば、ファーストキスは当然大切なものだと思う。それなのにこんなことで失って……こいつ自身はそれで本当にいいのか?

 正直、綾小路には感謝もあるが、同時に恨みに近い感情も持っている。だからこそ、バレた時はその時でどうでもいいとさえ思っていた。

 だが、やっぱり俺の中にある良心というものが、黙ってはいない。こんなくだらない茶番で女子を傷つけるのは……。

 そう思い、止めようとした時だった。


「ダメえええええええええええええええええ!」


 本田さんが綾小路を退けぞり、真正面から俺に抱きついてくる。


「え、ちょっ――」

「ファーストキスはボクがもらうんです! だから……性悪女には絶対に渡さないっ!」


 フーフーっと言いながら、本田さんは綾小路を威嚇している。

 俺はこの状況はわからず、戸惑っていた。


「えーっと……それってつまり……?」


 本田さんは顔を上げ、上目遣いで俺を見つめる。


「ボクはたしろんのことが好き。最初はジャイアントコロッケ焼きそばパンをくれた優しい人だと思っていたけど、話しているうちにたしろんの優しいところが好きになった。自分を顧みず、食べ物をくれるところとか」

「要は食べ物をくれるから好きになったってことでしょ?」


 綾小路が半分呆れた顔でそう言い放つ。

 釈ではあるが、俺も同様にそう思った。やはり本田さんは小動物であったか……。


「違う。それだけじゃないもん!」


 再び綾小路の方へ振り返ると、本田さんはキッと睨みつける。

 綾小路は短いため息をつくと、どのくらいかして、口角を微かに釣り上げた。


「いいわ。面白いじゃない。なら、私とあなたで田代くんをかけた勝負をしましょう。どちらが先に田代くんを惚れさせるか」

「いや、待て! そんなの――」

「いいですよ。その勝負受けて立ちます」


 俺の言葉を遮り、本田さんは勝負を受けてしまった。

 また厄介なことに巻き込まれてしまった……というか、むしろ悪化してないか?

 偽恋人で始まった関係がさらに発展して、修羅場になるとか……しかも、俺を取り合って勝負だあ? ふざけんなよ! ただでさえ、男子生徒からの印象が悪いって言うのにさらに本田さんまで本格的に加わってしまったら両手に花。さらに俺の立場が危なくなってしまうじゃねーか! なんなら、殺されるんじゃないかってくらいに殺気立つんじゃないか? 二人とも美少女だし、男子からしてみれば羨ましいったらありゃしない。

 本田さんはぎゅっと力強く俺を抱きしめながら、綾小路とばちばち火花を散らしている。

 俺の彼女とペットが修羅場すぎるッ!

 ――本田さんのことペットと称すのはあまりよくないか。

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