第23話【改稿済み】
ここまで一日が長かったと思えたのはいつぶりだろうか。
夕飯と入浴を済ませた後、俺は別室で一人綾小路から預かっていた答案用紙を採点しながらそんなことを思っていた。
今日を思い返せば、本当に濃い一日だったと思う。朝、帰宅すればアパートが大雨で倒壊し、どうしようかとお先真っ暗な状態の時に本田さんと偶然ばったりと出会って。そこから本田さんに連れられるがまま、家へとお邪魔すると、いきなり婚約者だのと紹介されるわでここまでいろいろとあった日はこれまで生きてきた中で初めてだろう。
波乱万丈……俺の人生というのはまさしくこの四字熟語にぴったりだと思う。険しい道を渡ってばっかりで息つく暇もない。俺としては楽な方へと進みたかったんだけどなぁ……。人生というものはそう甘くはないということなのだろう。
最後の答案用紙の採点を終えたところで俺は全教科の点数をスマホに記録する。
「全教科八十点……ある意味すげぇな」
狙ってたんかと疑いたくなるくらいに目標点ピッタリだった。
その真意はともかくとして、この点数なら基礎は大体できていることだろう。これまで通りのスピードで進めていっても問題はなさそうに思える。
「って、もう十一時か」
気がつけば、夜もだいぶ更けている。明日からはまた学校。その前に住んでいたアパートが全壊して、教材類もダメになってしまったことを担任に伝えなければならない。
――そろそろ寝るか。
一日の疲れを癒すべく、俺はベッドへと向かう。
そして、布団の中へと潜り込んだ時、バッと部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
俺はなんだと思いながら、その方向へ視線を向けると、
「たしろん。一緒に寝よ?」
イルカを模したような寝巻きに包まれながら、腕にはどでかいイルカのぬいぐるみが抱かれている。
――なんだこの
昨晩もどこかのお嬢様が似たような格好をして、俺が泊まっていた部屋に乗り込んできてたよな?
二日連続でこんなことってあるのか? てか、最近の女子の間では動物を模したような寝巻きが流行っているのか? もうわけわからん!
「えーっと……え、なんで?」
とりあえず事情を訊くことにした。綾小路の場合は雷が怖かったということだったけど、本田さんにも何か怖いものとかあるのだろうか? 例えば、おばけとか? はっ、想像しただけでなんか萌える! 涙目になってビクビク怯えている本田さんとか可愛すぎだろ。
と、いかんいかん。もしそうであっても、一緒に寝るわけにはいかない。本田さんと俺は別にそういった関係でもないしな。うん。
本田さんはイルカのぬいぐるみをぎゅっと力強く抱きしめる。
「一緒にいたい……だけじゃ、ダメ?」
豆電球ということもあって、本田さんの表情はよく見えない。
声もいつにも増して小さく聞こえ、どこか緊張しているようにも思える。
どういうつもりなのかは依然とはっきりしないが、それでも俺と一緒にいたいという気持ちだけは本音なんだろうなということがひしひしと伝わったところで短いため息をつく。
「一緒に寝るのはダメだ。俺たちは高校生なんだし、そ、それに恋人でもないんだからさ」
「じゃあ、恋人になったら寝てくれる?」
「いや、それはできない。俺には綾小路という彼女がいるから」
「偽物でも?」
「ああ、偽物でも――って、え?」
俺の思考回路が一時停止する。
――今なんて……?
本田さんは近づいてくると、俺の隣にちょこんと座る。
”――私、知ってる。たしろんと綾小路さんが本物でないこと”
☆
まさか俺と綾小路の関係がバレてしまうという事態は予測できていなかった。
学校でも完璧に恋人のフリをして、たまにはデートまがいなこともしていたというのにどこが不完全だったんだ? 大半の生徒は俺たちが本物の恋人であることを信じ切っている。それなのにたった一人……本田さんだけは俺たちが紛い物であることを見抜いてしまった。
――この先どうすれば……?
結局、あの後は頭が真っ白になったまま、本田さんの言いなりになるしかなかった。よって、俺の隣には今、可愛らしいイルカさんがスヤスヤと規則正しい寝息を立てながら眠っている。
この状況が長引いてしまうのは危うい。本田さんに弱みを握られてしまった以上、何をさせられるかわからない。
綾小路に関係がバレてしまったことを話してみるか……いや、それはそれで話がややこしくなってしまう。ただでさえ、アパートが全壊して、本田さんの家に居候しているということを伝えていないわけだし、バレてしまったことを打ち明ければ、芋づる式に隠していたことも公になってしまうだろう。そうなってしまったらもう最後。修羅場になりかねない!
「たしろん……」
急に呼ばれてびっくりしたが、どうやら寝言らしい。一体どんな夢を見ていることやら……。
本田さんの寝顔に癒されながらも、眠れない夜になりそうだ。
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