第22話【改稿済み】

 美少女との同居生活と聞くと、いろんなシチュエーションを想像してしまい、さぞ楽しい日々が待ち受けていることだろう。今の俺もまさにそうだ。本田さんという美少女との新婚……もとい同居生活。これからの毎日が楽しみで仕方がない。どんな可愛い姿を拝むことができるのだろうか。わくわくした気持ちが心の中に渦巻いている中の昼下がり。

 離れの掃除もあって、少し遅めの昼食になった。

 二人だけの食卓なのにテーブルの上には見ただけで胃もたれしそうな脂っこい茶色の物体がこんもりと盛られている。


「これって……」

「揚げ物タワー」


 大食い企画の番組でしか見たことがないような重量感。総重量一体どれくらいあるんだ?


「俺、食べきれそうにないんだけど……」

「大丈夫。その時は私が食べるから」


 ぽふんっと平な胸をたくましく叩いて見せる。

 ほんとその小さい体のどこに入るんですかね?


「たしろん。早く食べよ?」

「あ、ああ……」



 昼食を終えた後、俺は一人街に繰り出していた。

 本田さんのところでしばらくの間お世話になることが決まったとはいえ、長居して迷惑をかけるわけにはいかない。一日でも早く新居を見つけなければ……そう思って、市電近くにある不動産屋へとやってきたのだが、


「今の時期ですと、なかなか部屋が空いてなくてですね。おすすめできるのはこの三件ほどかと……」


 メガネをかけ、頭部がやや薄くなり始めている中年の営業マンから紹介された物件はどれも家賃が以前よりも高いところばかりだった。

 築五十年で木造ということもあって、家賃は一万五千円と格安だったのだが、やはり相場的に見ても俺が住んでいる地域だと三万円台が一般的。目の前に並べられた物件情報が載った紙にもそれに近い価格が記載されており、部屋はどれも大差ないように見える。

 来年に受験を控え、今が貯金の蓄えどきだというのに痛い出費……。

 だが、ずっと本田さんの家に居座るわけにもいかないし、綾小路に居候していることがバレたらどうなってしまうか……。ただでさえ、校内では恋人同士となっているわけだから、俺の現状を知れば、軽率な行動が云々とかでかなり怒鳴られそう。

 そんな修羅場みたいな状況にさせないためにもここは仕方がない。


「……わかりました。では、三件とも内見をお願いしてもいいですか?」


 ひとまず部屋を見てみないことには決められない。立地条件や近隣の情報なども実際に目にしなければ、引っ越した後からトラブルが発生したとしても手遅れだからな。ある人の体験談では前に住んでいたアパートの壁が薄すぎて、夜中のいびきなどに耐えかねて家賃二倍の防音のマンションに引っ越したのにそこでは一階の奴がDQNで何もしていないのにひどい目にあったという話もあるくらいだ。物件選びは慎重にしなければならない。一軒家ならともかくとしてだけど。


「はい、それでは今から車の準備をしてきますのでお店の出入り口付近でお待ちください」


 というわけで、俺は椅子から立ち上がると、指示された場所へと向かった。

 二月、三月なら転勤やら進学、卒業で退去者が多いが、同時に入居者も増える。六月頭らへんだとやっぱりどこもお手頃な物件はないだろう。内見で確認する三件のうちのどれかにするしかないかもしれない。



 不動産屋からの帰り道。空には淡い橙色に染まった雲が流れていた。

 アパートが倒壊してしまったとはいえ、周りはいつもの日常と何ら変わりはない。自分の運のなさにつくづく嫌になりつつ、本田さんの家を目指す。

 今日は家庭教師のバイトも休みにしてもらった。昨夜が大雨だったということもあるのだが、やはりテスト明けすぐに勉強というのはさすがにキツいだろう。俺だって、そう思うときはある。だから、明日また勉強を再開するという予定にしている。

 帰ったら本田さんが作った夕飯が待っていることだろう。今夜は一体どんな料理が出てくるのだろうか。少し楽しみでもあるが、同時に食欲も消え失せていく。

 そんなことを考えながら帰宅していると、


「たしろん見つけた」


 ちょうどコンビニの前を通りかかったところで、自動ドアから肉まんを手にした本田さんと出くわした。


「帰りが遅かったから迷子にでもなったのかと思って探してた」

「そ、そっかぁ〜。ごめんね」


 大量の肉まんが入った袋を手にしながら言われてもなぁ……。

 本当に探していたのかは定かではないが、多少は心配してくれていたのだと思うことにした。


「それでたしろんはどこ行ってたの?」


 本田さんは肉まんをはむはむ食べながら訊ねてきた。


「部屋を探しに不動産屋に行ってたんだよ。あの市電近くの」

「ほへぇ〜。で、部屋は見つかった?」

「まぁ、一応」


 以前のアパートよりも家賃は格段と高くなってしまうが、それでもとりあえず見つけることができた。

 学校近くで綾小路の家との中間あたりにある鉄筋コンクリートでできた三階建てのマンション。前とは違い、木造ではないから大雨や台風などの強風にも耐えると思うし、地震にも強い耐震構造。しかも防音施工されている上に部屋も広いから住みやすいと思う。お風呂とトイレも別になっていて、毎月のお家賃はなんと三万五千円! 二倍どころかそれ以上になってしまったが、まぁ……いいよね?

 おじさん夫婦が長期出張中ということもあって、まだ契約はしていないが、今月中には入居する予定だ。おじさんにも昨夜起こった出来事を電話で話した上で来週末に一度帰ってきてもらうことになっている。


「そっか……。じゃあ、よかったね」


 本田さんはどこか悲しげな表情を浮かべながら、俺に大量の肉まんが入った袋を押し付けてきた。


「え?」

「これ、餞別」

「いや、まだ早くね? 少なくともあと二週間はお世話になると思うし……」

「いいから、あげる」

「えぇ……」


 俺は渋々受け取りながら袋の中身を見る。ぱっと見ではあるが、十個は確実に入っていた。もしかしてコンビニに並べられていた肉まん全部買い占めた?

 この肉まんをどう処理しようか……? 普通に考えても一日では食べきれないし……。

 そんなことを考えながら、夕焼けに染まった住宅街を二人並んで歩いていくのだった。


「……たしろん。手、繋ぎたい」

「え、なんで!?」

「……なんとなくじゃ、ダメ……?」

「ダメじゃないけど……」

「えへへ……たしろんの手大きいね」

「……」




 そう言えば、何で本田さんにここまで懐かれたんだっけ?

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