第21話【改稿済み】

 朝食まで綾小路家でお世話になった後、俺はフラフラした足取りで自宅へと帰宅した。

 外は朝方まで大雨が降っていたとは思えないくらいに晴れ、水蒸気のせいか若干蒸し暑ささえ覚えてしまう。ネットで確認した天気予報だと、今日は今季最高気温を更新するとか。大雨の次は猛暑。家にはエアコンなどの冷房器具がないから大雨よりキツいかもしれない。

 そんなことを考えながら、ようやく我が家へと到着した……のだが、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。

 ――夢、でも見ているのか?

 そう思いたくなるような状況が今目の前に広がっている。

 アパートがあった場所には瓦礫の山が散乱していた。

 しかも近隣を見てもここだけ。たしかに築五十年を超える木造アパートだからシロアリとかの虫食いで基礎が脆くなっていたとかは考えられるけれども……。

 ただ、もう笑うしかなかった。いや、一日で自宅が崩壊している現状なんてもはや笑うしかないでしょ? こんなことあるの?

 近所の方に変な目で見られるつつ、一旦落ち着いたところで心を落ち着かせる。

 ――ひとまず大家さんに連絡だよなぁ。

 スマホの電話帳を開き、連絡を取ろうとした時、ちょうど大家さんから着信がきた。

 俺はすぐに通話ボタンを押す。


『もしもし? 田代さん、アパートの件なんだけど、大丈夫だった?』


 通話口から中年おばさんの声が響く。


「あ、まぁ、はい……」

『よかった〜。近隣の方からアパートが崩れたって聞いたから今、安否の確認をしたところでした。ところで現状はどんな感じ?』

「瓦礫の山と化してますけど……」

『あら、そうね。まぁ今回の雨だからそうなってしまったのも仕方ないわよね〜』


 と、大家さんは口にするが、果たして仕方がないことで済む案件なのだろうか?


『一応、入居時には災害保険に加入してもらってたから、一定金額のお金は降りると思うからそこは心配しないでね?』

「はぁ……」

『それじゃあね』


 大家さんはそれだけを言うと、一方的に電話を切られてしまった。

 これからどうしたものか。キャッシュカードは常に財布に入れているため、金に関しては問題ない。教材類に関しては、とりあえず学校にこのことを連絡すればなんとかしてくれるはず。一番の問題は寝泊まりするところがないということだ。ビジネスホテルやネカフェを利用することも考えたが、一週間でもバカにならない金額になってしまい、高校生である俺には少し厳しい。かと言って、野宿するわけにもいかないし、おじさん宅は……たしか先週あたりから夫婦で長期海外出張に出かけてたっけ。実家には絶対に頼りたくないし……綾小路に土下座をして頼み込むしかないのか?

 今後についてあれこれ考えていると、不意に頬をツンツンとされる。

 その方向に目を向けると、私服姿の本田さんの姿があった。ベレー帽と半袖のワンピースがとても似合っていて、こうしてプライベートで会うのは初めてかもしれない。

 手にはコンビニで購入したのだろう肉まんが握られていた。


「たしろんどうしたの?」

「え、あー……うん」


 自分が住んでいたアパートが大雨で崩れたということを打ち明けるべきなのだろうか? 本田さんは瓦礫の山の方に視線を向けると、手に持っていた肉まんを半分こする。


「これ、食べる?」

「え、いいの?」


 本田さんは微笑みながらコクリと頷いて見せる。


「これ食べて元気出して。ね?」

「あ、ああ、ありがと……」

 なんていい子なんや……。お兄さん、思わず涙ぐんじゃうよ……。

「あと、たしろん。これから時間あったりする?」

「まぁ、あるけど……?」

「じゃあ、今から“いいところ”に行かない?」

「え? “いいところ”って?」


 どこに行きたいのか判然としないまま、本田さんは少し小悪魔めいた表情を見せる。


「それは到着してからのお・た・の・し・み」



「……」

「……」

「……」

「……」


 なぜ俺はこんなところにいるのだろうか……。

 本田さんに連れてこられるがまま、やってきたのは一軒の一般的な家だった。今はそこのリビングのソファーにて本田さんの両親と思わしき人物と対峙しているわけだが……なんか気まずくね? お父さんは眉間にシワを寄せているし、お母さんもなんだかムスッとしている。てか、お母さん若いな。まだ中学生くらいにも見えるんだが?

 ともあれ、奇妙な空気が流れている中でテーブルの上に出されているお茶をくいっと飲む。さっきから変な汗ばかりかいてしまって喉が異常に乾く。そんな中で、第一声を発したのは本田さんだった。


「パパ、ママ、紹介するね。この人は婚約者で――」


 その瞬間、思いっきりお茶を吹き出してしまった。


「ちょっ、え?!」


 いきなりのことで頭の整理がつかない。婚約者って何? 俺、いつから本田さんとそういう関係になったの?

 前を見てみると、お父さんの表情がさらに険しくなっている。本田さん……君は一体何をしたいの?


「君の名前はなんて言うんだ?」


 お父さんが沈黙を破り、重々しい声を出す。


「あ、えっと、田代悠太と申します……」


 緊張のせいか多少声が震えてしまう。

 それもそうだよな。ご両親に挨拶だなんて誰が予想できた?


「田代くんか。学校は茜と同じか?」

「はい……」

「学年は?」

「同じです……」

「茜の好きなところはどこだ?」

「……いっぱい食べるところ、ですかね。ハムスターみたいで可愛いなと思ってます……」


 自分で何を言ってんのかわからない。本田さんをハムスターみたいだなんて……捉え方によっては失礼極まりない!

 ひととおり質疑応答を終えたところで、お父さんはソファーの背にもたれかかる。


「……そうか。君のことはなんとなくだが、わかった。人柄的にもそう悪くはないと思う。しかし、先ほどの反応を見ていると、なんだか妙な感じがしたのだが、茜と結婚するのは嫌なのか?」


 お父さんの目が鋭さを極める。

 それに睨まれた俺は萎縮してしまう。


「……いえ、嫌ではない、です……」


 そりゃあ、何も聞かされてないし、そもそも付き合ってもいないから妙な感じがして当たり前なのだが、本田さんの両親の前で本当のことは話しづらい。

 どういうわけで婚約者だという嘘をついたのかは定かではないが、何かしらの考えがあっての行動なんだろう。それに本田さんは可愛いからな。これでもし結婚までいったとしても俺は一向に構わん。むしろ万々歳だ。

 俺の返答を聞いたお父さんは表情を和らげる。


「そうかそうか。田代くんが茜の夫になるのか。母さん、今日はめでたい! 酒を持ってこい!」


 と、お父さんは急に上機嫌になるや否や俺に握手を求めてくる。


「田代くん、これからも茜のことを末長くよろしく頼むよ?」

「え、あ、はい……」

「あなた! 田代くんが困ってるじゃない。それにまだ昼前ですよ? こんな時間からお酒を飲むなんてみっともないわ」

「いいじゃないか! こんな根暗で将来結婚できるのか心配だった茜が婚約者を連れてきたんだ。今日ぐらいぱぁ〜っと行こうじゃないか!」


 何がなんだかわからない状況に俺はただ呆然とする。

 隣にいる本田さんも特に反応を見せるわけでもなく、ただ俺の手をぎゅっと握っていた。いつの間に?


「ねぇ、パパ。田代くん昨晩の大雨で住んでたアパートが倒壊しちゃったから、しばらくの間泊めてもいい?」

「ああ、いいぞ〜。なんなら、離れの平家に住んだらどうだ? あそこはあまり使ってないわけだし、二人で寝泊まりするくらいなら十分だろ? あ、プチ新婚生活とか?」

「そうね、あそこを二人で使ってもらいましょ。はい、あなた。お酒」

「ありがとう。パパ、ママ」

「おうよ。あとは若い二人でイチャイチャでもしときな!」

「あ、でも、まだ子作りはしちゃダメだからね? あなたたちはまだ高校生なんだから」


 な、何言ってんだよこの二人……。本田さんは顔を赤くしながらもその場から逃げるように俺を引き連れて、リビングを後にする。

 玄関前までやってきたところでようやく手を離してくれた。


「その……嘘ついてしまってごめんなさい」


 しおらしくも頭を下げる本田さん。


「まぁ、最初は驚いたんだけど、あれも作戦のうちなんだよね? あーした方が俺をここに泊らせるための口実になるとかで」

「うん……でも、半分は本当だから……」

「え?」


 本田さんは靴に履き替えると、すぐに玄関を出ていく。


「ほら、たしろんも早く」

「あ、ああ……」


 さっきの言葉はどういう意味だったのだろうか?

 そんなことを思いつつ、俺も靴に履き替え、離れの方へと向かった。

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