第17話【改稿済み】

 綾小路のT大に向けた運命の中間試験当日。

 朝学校に登校するなり、綾小路はすでに自分の席に座りながら、単語帳に目を落としていた。

 いつもなら友人たちに囲まれて、楽しそうに雑談を交わしているのに今日だけは違う雰囲気を感じ取っているのか、周りは誰も近づこうとしない。

 ――まぁ勉強熱心なことは悪いことでもないからな。

 一分一秒でも直前まで抗う意味はある。例え、完全に記憶として定着していなかったとしても直前まで頭に入れておけば、少しは点数稼ぎの手助けになったりもする。

 とはいえ、現在の綾小路の実力を考えれば、おそらく大丈夫だろう。俺があまり気にしても仕方がない。むしろ不安を抱かせておいた方が、勉学も捗るというものだ。

 俺はあえて綾小路には声をかけることなく、自分の席へと着く。


「田代くん、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 少し前から話す仲になった本田さんと挨拶を交わし、カバンの中から教材類をすべて引き出しの中へと仕舞い込む。

 それから黒板の上に取り付けられている時計を確認すると、まだ午前八時前。SHRが午前八時十五分だから僅かな時間でも受験勉強に勤しむか……いや、もうすぐで期末試験が控えているからそっちをメインに勉強した方がいいかもしれないな。

 カバンから途中まで出していた参考書を再び仕舞うと、引き出しから世界史Bの教科書を取り出す。

 そして、ノートを準備した俺はさっそく勉強へと取り掛かった。



 一限目後の休み時間。

 俺の席には本田さんが寄ってきており、どこからか引っ張り出してきた椅子にちょこんと座りながらおにぎりをはむはむしていた。


「たしろんも食べる?」


 そう言って、膝の上に乗せていた巾着袋の中身を見せる。その中には拳大の爆弾おにぎりが十個程度入っていた。

 まだ一限目というのにさっそくですか。

 小学生にも見間違えられそうなくらいに幼児体型だというのに一体その体のどこに収まるんでしょうね! というか、そこまでくると過食症まで疑いたくなってしまうが、見ての通りすっとんとん。出るところは出てないし、食べた分だけ栄養が流れて行ってしまっているのではないだろうか?


「いや、俺は――って、んん? たしろん?」


 普通に断ろうとした時、俺はある違和感に気がついた。

 いつもなら敬語なのにタメ語。しかも“たしろん”ときた。

 一瞬、普段と変わらない日常会話だったため、聞き逃してしまうところだったが、急にどうしたのだろうか?

 本田さんは顔を赤くしながら、目を明後日の方向へ逸らしている。

 そして、いつの間にやら食べていた爆弾おにぎりの姿はどこにも見当たらなくなっていた。


「そ、その……ダメ、でしたか?」


 うるうるとした瞳での上目遣い。

 マジで小動物にしか見えなくて、あまりの可愛さに胸がキュンキュンとする。あー、頭撫でたい……。いやでも、下手に触れたらセクハラ扱いされかねないもんなぁ。イケメンに限るっていうやつはやらん方が身のためだ。ガマンガマン。


「いや、別にダメ、というわけじゃ……ただいきなりだったから少し驚いただけと言うか……」

「ほ、本当に? じゃあ、これからも“たしろん”って呼んでもいい?」

「あ、ああ……」


 俺までなんだか照れ臭くなってしまった。なんだよこれ。付き合いたてのカップルかよ。

 そう思っているのも束の間、“ある方向”から威圧的な視線を感じる。誰とは言わんが……。


「えへへ♪ たしろ〜ん♪ たしろ〜ん♪」

「な、なんだよ」


 本田さんはにへらぁ〜と照れ笑いを浮かべながら、珍しくも感情を表に出す。

 クールで物静かな本田さんの新たな一面……可愛すぎかよ!


「ただ呼んだだけ。たしろ〜ん♪」


 これはいわゆる“クーデレ”っていうやつなのだろうか?

 もともと美形なんだし、いつもデレデレ状態のような感じだったら結構モテるだろうなと思いつつ、俺は本田さんを一旦宥めることにした。

 それと同時に“ある方向”からの視線の威圧感がさらに増したような気がしたのだが……まぁ気のせいだよな。うん、そうであってほしい。



 昼休みに入り、俺は綾小路に呼び出されるがまま、屋上へとやってきていた。

 今日は久しぶりの晴天。上には澄み切った青空が広がり、大きな入道雲も見える。もうすぐで夏が来ることを感じながら、俺は思いっきり頭を叩かれた。


「いでっ?!」

「何本田さんを攻略してんのっ!? どこぞのギャルゲー主人公なのよあんたは!」


 俺は若干涙目になりながらも叩かれた頭部を手で抑える。地味に力強いんだよなぁ……。


「こ、攻略なんて……」

「攻略してるじゃない! いつもはクールで感情も表に出さない子なのにあなたにだけはデレデレ。誰がどう見ても脈ありじゃん!」

「脈ありって……(苦笑)。こんな俺のことを好きになるわけないだろ? それにあれはただ懐いているだけだ。恋愛感情とはまた別」


 要はペットと同じだ。言い方は少し悪いかもしれないが、表現としては合っている。ペットもすべてとは限らないが、だいたいは特定の人物などに対してはやたらと懐いているだろ? つまり俺が言いたいのはそういうことだ。

 綾小路は俺の言い分を聞くや否や頭痛でもするのか、こめかみに手を添えながら短いため息を吐く。


「もういいわ……。ただし、適度な接し方をすること。そうでないと、私たちの秘密がバレるから……とにかくいいね? わかった!?」

「あ、ああ、わかった……」


 俺は気圧されるがまま了承してしまったのだが、適度な接し方ってなんだよ。そもそも人との接し方に基準なんてあんのか?

 適度って言ってもそれは人それぞれの感覚に限ってくる。ある人からすれば適度だと判断されても別の人からそうではないという反対意見が出てくることもしばしある。よく「適度な◯◯」として言葉で使われがちだが、俺個人としてはほんとやめてほしい。判断が曖昧ならそもそも口にするなよっていう話だ。俺はそれで過去何回か失敗している。嫌なことはできるだけ思い返したくないから言わないけど。


「それじゃあ、私は勉強しなくちゃいけないから。くれぐれもくれぐれも守りなさいよ」


 綾小路は俺の横を通り過ぎると、教室へと戻って行った。

 大事なことだから二回言いましたってか。

 まぁ別に言われなくてもわかってますけどね。つまるところ俺と本田さんがただならぬ関係であるという誤解が生じなければいいだけの話だろ?

 はぁ……。

 本田さんが俺に対して恋愛感情を持っているのかと問われると、自信ありきでノーと宣言できるのだが、誤解されないように行動できるかと問われると正直困惑してしまう。そこまで人を騙せるほど俺は器用ではない……。

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