第15話【改稿済み】
放課後になっても雨は止むことを知らない。
いつもならグランドで鳴り響いているバッドのカキーンという甲高い打撃音やサッカー部の掛け声なども聞こえることなく、ただ雨粒が地面に叩きつけられる音ばかりが広がっていた。
校門を出ると、アスファルトの歩道には所々に水溜りができている。
水飛沫を上げながら走る車に気をつけながら、俺は綾小路と帰宅していた。いや俺の場合は帰宅じゃないけど。
「で、なんで傘持ってんのに相合い傘しちゃってんの?」
俺の傘には綾小路が入ってきているせいで、若干狭い。左肩はずぶ濡れ状態だし、いい加減自分の傘を使ってもらいたいものだ。
しかし、綾小路は聞く耳を持たない。
「恋人なんだからこれくらい我慢しなさい」
「正確には“紛い物”だけどな」
嫌味ったらしく言ったつもりだが、可憐にスルーされてしまった。それはそれでなんか寂しいな……。
「ところで田代くん。昼休み、私という超絶美少女な彼女をほったらかしにして、一体何をしていたのかしら?」
「ただ売店に行って昼ごはんを買ってただけだ。というか、そう言ってただろ」
「ふーん。その後、本田さんと仲睦まじい様子だったけど」
「……見てたのかよ」
どこから見ていたのかは知らないが、特段隠す内容でもない。てか、そもそも綾小路とは恋人でもなんでもないただの雇用関係を結んだ相手。学校では恋人のフリをさせられてはいるが、別に仲がいいわけでもない。
それにこいつは俺のことをおそらく嫌っている。他の人には優しいくせに俺にだけは態度が明らかに違うからな。まぁ嫌われていてもこっちとしては困ることなんて何もないんだけど。
「売店の帰りにたまたま鉢合わせたんだよ。そこでジャイアントコロッケ焼きそばパンをくれってせがまれたからそれで一緒に昼食を摂ることになっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「え、何? ジャイアントコロッケ焼きそばパンって美味しいの?」
「知るか。俺だって食べたことないし」
「そう。そのジャイアントコロッケ焼きそばパンというネーミングセンスは気になるけど、だからと言って、本田さん手作りの弁当まで食べることはないんじゃない?」
「そこも見てたのかよ……」
どこから俺たちの様子を監視していたのやら……。あの時、教室内を見ても綾小路の姿なんて見当たらなかったぞ? ただでさえ、学校一の美少女であり、人望も厚い人気者。俺みたいな冴えない陰キャぼっちとかならまだしもこんなやつ見落とすわけがない。
「ええ、あなたの全部を監視してるから」
「なんだろう。怖いことを言うのやめてもらってもいいですか?」
「冗談よ」
と言いつつも、まったく冗談に聞こえないのは気のせいだろうか?
光すらまともに通さない分厚い雲。
雨特有のどんよりとした空気。
ぽつぽつと薄暗い中を照らしている街灯。
これらの影響か、綾小路が放つオーラは不気味そのものにも思えてくる。おかげさまで寒気がして、鳥肌も立ちまくりだ。
「そんなに怯えなくてもいいのに」
「な、なんのことかな?」
「それくらいなんとなくだけど、わかるわよ。私だって田代くんのことはなんとも思ってないからあまり他人の恋路には邪魔したくはないけれど、これも作戦のため。もしあなたに恋人ができるようなら無理心中でもなんでもしてやるわ」
「考え方がおかしい! その無理心中って一体誰とするんでしょうね!?」
「もちろん田代くん。あなたよ?」
「なんでだよ!」
「ふふ……これも冗談よ」
冗談が冗談に聞こえない……。それくらいリアリティがあるということなのだろうか。
「まぁ、それはともかくとして、俺に恋人なんてできるわけがないと思うけどな。一生」
「そうかしら? あの本田さんとなんか脈がありそうにも見えたんだけど?」
「いいや、ないね。こんな性格捻くれ者のぼっちを誰が好む? 俺がもしも女だったら絶対に恋愛対象から外すね」
「そう自覚してるなら変わればいいのに……」
綾小路は呆れたと言わんばかりの表情で小さくため息を吐く。
「それもそうだが、だからと言って誰かに好かれるがために無理やり自分を変えようっていう考え方もおかしくないか?」
「そう? むしろ誠実な感じがして素敵だとは思うけど?」
「いいや、無理やり自分を変えた奴らは根本的には変わっちゃいない。だからいつかは本性が出てくるはずだ」
見た目とかなら、美容院に行けばどうとでもなる。外見ならば現代においてはそう難しくもないからな。
だが、中身に関してだけは違う。人の性格というものは簡単には変わることはできない。何かしらの強い要因がない限りはずっと変化は起こらないだろう。
そう考えると、DV夫とかもこのような類だ。よく被害者女性が「付き合っている当時は優しかった」と証言しているように結婚した途端、本性を表すかのように豹変する。ほんと好きだからこそ一緒になろうと決めたくせに暴力を振るうとかマジ最低だと思うわ。
「俺としてはありのままの自分を好きになってくれる人と一生を歩んでいきたい」
それを聞いた綾小路は一瞬、空虚な表情をする。
「……以外にもロマンチストなのね」
「うっせぇ!」
俺は急激に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。何熱くなってんだよ俺!
「でも、田代くんの言っていることは理想でしかない。現実はそう上手くいくことはないのよ」
「それもそうだな……」
俺の言っていることはあくまで理想の過程でしかない。みんながみんな、本性をさらけ出しているとは限らないからな。大概が猫を被っている奴らが多いだろう。
心理学的には他人から嫌われたいっていう人はいない。むしろ好かれたい方が多い。
現実は理想とはかけはなれているとはよく言うが、まさにその通りと言ったところだ。
そうこうしているうちに綾小路邸が近づいてきた。
今日もまた家庭教師のバイトが始まる。
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