クールだけど可愛い本田さん
第14話【改稿済み】
六月に入り、本格的な梅雨が到来してきた。
連日のように降り頻る雨は、止む気配を見せず、昼になった今でも地面を打ち付けている。
そんな中での昼休み。雨ということもあって、昼間に外へ出る連中は誰一人としておらず、いつにも増して騒がしさが校内に響いていた。廊下の窓から覗く外はどんよりとして暗い。分厚い雨雲のせいなのか、夕暮れ時のような暗さがあり、外灯もぽつぽつと点けられている。その様子が妙に不穏にも思えながら、売店への帰り道。
今日は夜遅くまで中間試験の問題を作っていた関係もあって、珍しくも寝坊してしまった。実に不覚である。そのため、ろくに朝食を食べる暇もなく、急いで家を飛び出した関係で弁当を作りそびれてしまった。
おそらく学校の売店を利用するのは入学以降、今日が初めて。とりあえず家庭教師のバイトのおかげもあって、財布の中身には多少ゆとりがあったため、おすすめの商品をいくつかは購入してみたのだが……
「……(じゅるり)」
階段の踊り場にて、ハム助……もとい本田さんと出くわしてしまった。
いつもなら、目が合っても特に反応を見せるわけでもなく、互いにスルーしているのだが、今回に限っては違う。本田さんの瞳がいつにも増してキラキラしていた。その先には俺が抱えている二つのパンとコーヒー牛乳。
俺は不思議に思いながらもとりあえず普段通りにスルーしようとしたのだが……
スッ。
ススッ!
スススッ!!
いくら避けて、横を通ろうとしても本田さんが前を封じて進めない。
「な、何か用かな?」
俺は痺れを切らし、話しかけてみることにした。
すると、本田さんはビシッと腕の中にあるものを指差す。
「そ、それ! ジャイアントコロッケ焼きそばパンですよねっ!?」
いつもとは違い、妙にテンションが高い。教室にいる時は感情をあまり表に出さず、クールといった感じで文庫本を読んでいるというのに。
「そう、なの……?」
売店のおばちゃんにおすすめな商品を適当に選んでもらったからよくわからない。
「さっそくなんですけど、そのパンをボクに譲ってくれませんかっ!」
「え、いや、でも……」
放課後の家庭教師のことも考えると、パン一個だけじゃさすがに足りなさすぎる。
「お金ならいくらでも払いますからっ」
「えーっと、お金の問題じゃ――」
「あ。なんなら、こんな貧相な体でよければ……///」
本田さんは頬を染めながら、可愛らしくも照れてみせる。
普段はクールなだけあって、思わずギャップ萌えしてしまったが、すぐに綾小路の顔を思い浮かべて冷静さを取り戻す。
「バカなの?」
「そ、それくらいボクは本気っていう意味ですっ!」
俺の冷静な態度に恥ずかしくなってきたのだろう。別の意味で顔を赤く染め、頬を膨らませる。
「とにかくそのジャイアントコロッケ焼きそばパンを譲ってください! ほんとお願いします! なんでもしますからっ!」
本田さんは深々と頭を下げ、懇願してきた。
階段の踊り場には気がつけば、何事かと数名の生徒たちが集まり、その様子を窺っている。
「と、とりあえず頭上げようか。ね?」
「いやですっ。田代さまがいいと言うまでは頭を上げませんっ!」
その言葉に周りの奴らがこそこそと話し始める。
「(いつもクールな本田さんがあそこまで頭を下げてるなんて……)」
「(しかも田代“さま”だよ? あの二人どういう関係なの?)」
「(もしかして何かしら弱みを握って脅してるんじゃ……?)」
「(鬼畜だ)」
「(クズだ)」
「(人間のゴミだ)」
こっちが黙っていれば、最初から見てなかったくせに好き勝手言いやがって……!
「と、とりあえず教室に戻ろ!」
俺は強引にも本田さんの腕を掴むと、その場から逃げるように立ち去った。
平穏な高校生活を送りたいっていうのになんで二年になってから災難続きなんだよ……。
別にぼっちである以上、スクールカーストも最下位。そこに関しては落ちるところはもうないから人の目なんてあまり気にはしないけど、少しは気をつけないと生活態度において特別推薦枠が通らなくなってしまう可能性が出てくる。
今度、厄払いにでも行ってこようかしらん……。
そんなことを考えながら、綾小路が待つクラスの教室へと戻った。
☆
教室へ戻った頃にはすでにヤツの姿はどこにもなかった。
その変わりに俺の机の上には四つ折りにされた紙が置かれており、それを確認すると、どうやら他の子たちと一緒に食べることになったらしい。まぁ俺にはどうでもいい話なんだけど。
だいたい、ほぼ毎日ではないにせよ、一緒に食べるようになったのも周りを欺くための作戦。俺と綾小路が本当に付き合っているんだなと思わせるような行動を一つでも見せるためのパフォーマンスと言ってもいい。それに強制的に付き合わされる俺の身にもなってもらいたいんだがな。
とにかく今日は綾小路がいない。これで少なからず男子たちからの戦々恐々とした眼差しを向けられることはないだろう。
そんなことを思いつつの昼食時。
結局、俺はあのジャイアントコロッケ焼きそばパンを本田さんにあげた。
こんなところでもちょっとした騒動を起こされたら困るしな。
なけなしの昼ごはんを一つ失った俺は残されたジャイアントカレーパンを食べる。
一方で本田さんはというと……
「……(はむはむはむ)」
普段なら綾小路がいるはずだった場所に座りながら必死にジャイアントコロッケ焼きそばパンを食べていた。
その様子はまるで餌を食べているハムスターのように頬が伸び、パンパン。パンだけに? なんちゃって☆ ごめんなさい。
とにもかくにもなんだか小動物に餌付けをしているような……そんな微笑ましさすら感じる。
「本当にお金はいらなかったのですか?」
ゴクリと飲み込んだ後、本田さんは小首を傾げて見せる。
口元に焼きそばのソースが付いているのが、また兄心を刺激させられるというか……尊いまであるな。
「ああ……うん。さすがに女子からはお金を取れないと言いますか……」
労働とかなら別としても食べ物でお金をもらうのはなんだか気が引けてしまう。貴重な昼食がなくなってしまったとはいえ、本田さんが喜んでもらえたならそれでいい。
「じゃあ、ボクのお弁当食べます? 男の子ですし、カレーパン一つだけでは足りないですよね?」
「え、あ、うん……」
弁当持ってきてたんか。あれだけ頼み込まれたからてっきり忘れたのかと勝手に思い込んでいた。
本田さんは「ちょっと待っててください」と言い残すと、俺の席から一旦離れ、自分の席へと戻っていく。
そして、リュックごとまたこちらへと戻ってきた。
「これとこれとこれ。どっちがいいですか?」
リュックの中身を取り出したかと思えば、机の上には三つの弁当箱が並んでいる。
「えーっと……その前に気になることがあるんだけど……?」
「なんですか? 全部ボクの手作りですよ?」
「そうなんだ……じゃなくて! なんで三つも持ってきてるの?」
普通なら一つで十分だと思うんだけど……?
「ボクが食べるからですけど?」
本田さんはきょとんとした顔になる。
いや、俺がきょとんってしたいわ。
「食べるって、これ全部!?」
「はい。食べ盛りですから」
こともなげに言ってのけるが、食べ盛りにしても限度ってもんがあるだろ……。男子でも弁当箱三つは食わないぞ?
とりあえず適当なものを一つ選び、フタを開けてみる。
そこには美味しそうなデミグラスソースがかかった大きなハンバーグが入っていた。
「おっ? それは本日の当たりと言ってもいいハンバーグ弁当ですよ!? さぁさぁ早く食べてみてください!」
「それじゃあ……いただきます」
本田さんからもらった割り箸を使いながら、俺は弁当の中身をつつきはじめた。
誰かが作ったものを口にするのはいつぶりか……。
ふと、そんなことを思い出しながらも本田さんが作ったハンバーグ弁当はめちゃくちゃ美味しかった。冷めているはずなのに、なんだか胸の奥がポカポカするような、そんな温かみと優しさがある味に密かに感動を覚える。
「お口に合いますか?」
「ああ、めっちゃ美味い。てか、こんな美味しいハンバーグ食べたの初めてかも」
「大袈裟ですよ」
本田さんは嬉しそうに頬を染めつつ、残ったジャイアントコロッケ焼きそばパンに再び食らいつく。
今までは本田さんのことをクールで根っからの冷たい人とばかり思っていたが、どうやら違うのかもしれない……。
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