第12話【改稿済み】

 さて、人に勉学を教えるにあたって大切な事といえば、なんだろうか?

 そう考えると、一番最初に出てくるのがどれだけわかりやすく解説するかだろう。いくら詳しかろうが相手はほぼ知識はないも同然。先生の中には難しい単語ばかりを並べ立てて説明する人もいるが、それだけだとただのニュースのコメンテーターと一緒。何言ってんだコイツ? という印象だけが頭に残るだけだ。だからこそ、教える立場としては小難しい単語ですら噛み砕いて解説することが必要となってくる。

 それにただ解説するだけでは記憶に定着することは難しい。ちょっとした関連ある小話というのも時には挟むことが大切だ。例えば、世界史の大航海時代に新大陸を発見したコロンブス。その頃、地球平面説が信じられていた中で彼は地球は丸く西に進めばインドに到達すると仮説を立てた。そして出航して、西に進んだのはいいものの、彼が想定していた地球の規模は遥かに小さく、やがて上陸した島(サンサルバドル島)をインドと信じ、帰国。国を上げての祝祭が開催されたものの、後にそこがインドではなく新大陸だったことが判明。コロンブスは生涯ずっとそこがインドだと勘違いしていた。

 などの小話を挟めば、生徒の興味・関心を引き立てることができる。

 大体はこんなところだとは思うが、あともう一つアクセントをつけるとするならば、どんな時でも生徒のやる気をそぐわないことだ。やる気があるかないかでは記憶の定着率もかなり変わってくる。そのためにもアメとムチならぬアメとアメでやっていくつもりだ。とことん褒めやかして、伸ばしていく。間違っているところがあったとしても、惜しかった点などを言いつつ、正しい答えへと導く……はは、完璧すぎんだろ!

 ――俺ってもしかして教師に向いてたりするのかな?

 なんて思いつつ、綾小路邸に足を踏み入れた俺たちは昨日同様の接待室へと入る。

 教科書類は予め、接待室に用意してもらっており、ホワイトボードまで完備されていた。

 教える立場としては十分に準備は整っている。


「それでこんなものを用意させておいて何をするつもり?」


 綾小路はカバンを適当なところへ放り投げると、腕を組みながらソファーへと腰を沈める。

 俺はホワイトボードの前へと立つと、そこにあった黒ペンを取り、キュッキュッと音を鳴らしながら文字を書き込んでいく。


「今から計画を立ててもらう! ここに書かれている“『目標』全教科五十点!!”はあくまで最低ライン。これを基準に自分がどれだけ点数を取りたいかまずは決めて欲しい」


 ホワイトボードをバンっと軽く叩いて見せる。

 目標がなければ、何も始まらない。人は目標があるからこそ一生懸命に頑張れる。俺はそう思っているし、実際にはそんな感じだろ。部活にしたって大会で優勝したいから毎日がむしゃらに頑張っているわけだし。

 だが、綾小路は特に反応らしいものを見せるわけでもなく、肩を小さく落とす。


「そんなのもうとっくに決まってるわ」

「そ、そうなのか? ちなみに何点を目指してるんだ?」

「もちろん全教科百点よ。T大目指してるんだから当たり前でしょ?」


 そう言われてもなぁ……。

 今から一年で習った範囲も復習し直さなくちゃいけないことを考えると、相当厳しいぞ? 今習っている範囲と同時進行なら間に合う可能性もなくはないが、容量が他の人よりも優れていない限り、常人ではキャパシティーをオーバーしてしまう。

 あまりおすすめはしたくないが、アメとアメ。綾小路のやる気を削ぐわけにはいかない。


「そ、そうか。てか、なんでそこまでT大を目指してるんだ?」


 大学なら他にもたくさんとある。それなのになぜそこまでして固執しているのか。

 興味本位で訊ねてみると、綾小路の頬が若干染まったように見えた。


「い、許婚と約束してるからよ……」

「許婚って前に言ってた……」


 俺を偽彼氏とでっち上げる時に好きな人はいないのかと訊ねた時があった。

 その時に言っていた将来を約束した男がいるということはすでに聞いている。


「そうよ。その子が言ってたの。“将来、絶対にT大に入ろうね!”って。だからその約束を破るわけにはいかないの。ただ頭が悪いだけで入れないなんて嫌だから……」


 綾小路の想いはなんとなくわかった。

 話を聞く限りでは随分昔の出来事のように思えるのだが、もし小学生の時にそんな約束をしていたとするならば、正直その男の子すげぇな。その頃から将来を考えてるなんてそうそうにできないことだそ?


「なら、なおさら頑張らなくちゃいけないな。今のままだと確実にT大は落ちる」


 アメとアメで行こうと思ったが、やめた。これだけ想いが強ければ、途中で折れたりもしないはずだからな。


「だが、間に合わないわけじゃない。結構キツい道のりになってくるとは思うが、それでもついて来れるか?」


 すると、綾小路の口角がニヤリと上がる。


「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?」

「どこからそういう自信が出てくんだよ……。まぁポジティブに越したことはないし、別にいいんだけどさ」


 この先、綾小路の成績は上がるのか、T大受験に合格できるのかはわからない。

 けど、それでもやるべきことはわかっている。

 目標も決まったことだし、あとはそれに向かって突き進む……それだけのことだ。


「よしっ。じゃあ、さっそく勉強始めるぞ」


 ただ教えるだけが教師の仕事ではない。

 その目標に導いてやるのもまた教師の仕事と言えるだろう。それが俺の目標だ。



 目標を達成させるにもその過程が重要になってくる。

 綾小路に世界史Aを教えながら俺はそれについて考えていた。

 T大を目指すのであれば、やはり遅くとも二年の二学期から本格的に対策を取らなければならない。だが、今の現状を考えると、どうにもキツい。仮に教科書を一日十ページ、休日三十ページ進めたとする。しかし、復習しなければいけない科目は全教科だ。もう少しで六月を迎え、夏休みまで残り一ヶ月半。この期間内に一年の範囲を網羅できるかと問われると、非常に微妙なところである。ただ復習すればいいだけのことなら簡単なのだが、受験勉強も兼ねると、やはりほとんどをちゃんと理解しておかなければならない。

 ――ここは賭けにでるしかない、か……。

 確証はないが、綾小路はやればできる子だと思っている。

 それを確認するためにも一週間後あたりに中間試験を実施する。

 少し早い試験ではあるが、俺の見立てが正しければ、少なくともそこそこの点数は取れるはず……。

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