第11話【改稿済み】

 家庭教師という仕事はただ生徒に対して勉強を教える学校の延長線のようなものばかりだと思っていた。

 だが、実際に綾小路の学力を目の前にして、俺は頭を抱えていた。

 昨晩はあの後、市街地にあるマックへ行き、バカ美味いビックマックセット(L)を食べた後、いつぶりかのゲーセンにも立ち寄った。そこで日頃のストレスを発散して帰宅する頃には午後九時過ぎ。結局普段とさほど変わらない時間帯に帰りつき、そのまま寝てしまった。結果、綾小路に対する対策は何一つ考えてきていない。昨日の自作した学力テストを見る限りでは一年で習った範囲もすべて復習しなければ受験どころではなくなってしまう。頭がよくなりたいという前提の前に基礎が何一つできていないようじゃ夢のまた夢。これでよく進級できたなと感心してしまうレベルだ。

 このまま普通に今習っている範囲を教えたところで大して学力は身につかないだろう。一年で習った範囲の応用とかもあったりするしな。そうなると、やはり最低高校一年の一学期から教えなくちゃいけないわけで……


「どうしたの? そんな難しいような顔をして」


 昼下がりの放課後。

 校門を出た俺は自宅とは反対方向の道を進んでいた。

 隣には綾小路が並んで歩き、この後はそのまま家庭教師をすることになっている。

 綾小路はまるで他人事のような感じで話しかけてはいるが、こうして眉間にシワを作るほどまで顔を歪めているのは一体誰のせいなんでしょうね!


「……いや、なんでもない」


 俺は溜飲を下げる思いで結局何も言うことはしなかった。

 冷静に考えてみれば、“教師と生徒”という前に“雇用者と雇い主”の関係だ。下手に綾小路の反感を買うような言動を取れば、せっかくの神バイトを失ってしまう結果になりかねない。一日三時間で一万円……今後の生活や受験のことを考えると、なんとしてでも手放すわけにはいかない。


「ふ〜ん。そっか。まぁどうでもいいんだけどね」

「どうでもいいなら最初っから聞いてくんなよ……」


 無意識なのか、それともわざと俺の精神を攻撃してきているのか……。

 綾小路とはこれまであまり交流がなかった分、まだ謎が多い面もある。俺が唯一知っていることといえば、学校での様子くらいだろう。陽キャ隠キャ隔てなく、誰に対しても優しい(俺以外)。クラス……いや、学校の生徒からは“女神さま”という隠し名も付けられているくらいだ。俺からしてみれば“悪魔”なんだけどな。

 とにもかくにも今日から本格的な勉強が始まる。人に教える以上、自分もちゃんと理解していなければ教えられないから、その点を考えると俺としても復習になって一石二鳥の部分もある。

 このバカにどうやってわかりやすく、かつ短期間で高校一年の過程を全部教えてやるか……。俺が家庭教師でいる限りは、ちゃんと成績が取れるくらいまでには伸ばしてやりたいし、金ももらっている。最低限テストで五十点以上は確実に取れるようにはしてやりたい。

 が……


「ちょっと! 今私を見て、ため息を吐いたでしょ!?」

「それがどうかしたか?」

「どうかしたか、じゃないわよ! そのため息はどういう意味よ!?」

「どういうって……まぁ見たまんまというか……」


 別に自発的にしたわけではない。自然と出てしまったものだ。悪気はない。許せ。

 綾小路は俺の弁解に納得がいってないのか「まったくもう……。失礼しちゃうわ!」と言いながらプンスカ怒っている。

 その気持ちはわからなくもないが、俺の身にもなってみろ。絶対にため息を吐きたくなるぞ?

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