十五
「だから、信じてないとは言ってないじゃん」
うんざりした顔で、大槻は言った。
本村たちは母屋へ続く渡り廊下をぞろぞろと歩いていた。大槻は続けた。
「今朝もまだ燃えカスが残ってたわけだし。でもさ、それだけじゃ、『思織さんが燃やした』っていう証拠にはならないわけでしょ? 暗闇で見間違えたんでしょって言われたら、それまでの話よ」
「ったく。盗撮くらいしとけよな」
不機嫌そうに、池脇は言った。「お前の得意分野だろ。そういう陰湿なこと」
「だって————」
最後尾でまごつきながら、倉沢は言った。「排尿は大事」
「あの燃えカス、現代の技術で復元できんのかな」大槻は言った。
「無理だろ。灰同然だったぜ?」池脇は言った。
「とにかく」
あずき色のベルベットのドレスを着たメイリスを胸に抱きながら、先頭に立つ本村は言った。「佐野さんに知らせないと————」
母屋の回廊を進んでいくと、前方に、警察関係者が集まっているのが見えた。その向こうには、晶彦と、正枝が、目線を伏せて立っている。
「相原さん」
集団の後ろに見慣れた姿を見つけ、本村は声をかけた。「何かあったんですか?」
相原は本村たちを見るなり、一瞬、煩わしそうな表情を浮かべたが、すぐにあきらめて、手帳で口元を隠しながら、小声で言った。「また、ショーケースに白い紙が」
「新たな遺言書ですか?」
「いいや、今度は、冷湖さんの遺書」
「遺書?」
「そう。だけど、どう見ても冷湖さんの筆跡じゃない。しかも紙には————」
「この紙には、冷湖さんと、もう一人、あなたの指紋がついていました」
佐野は言った。「これはあなたが書いたものですね?」
佐野は遺書が書かれた白い紙を、晶彦の前に突きつけた。
晶彦は黙っていた。
「筆跡鑑定に回しますが、そんなことをせずとも、私には、この遺書の筆跡と、あなたから借りた手帳に書かれている文字の筆跡が、同一のものに見えるんですがね」毅然と、佐野は言った。「それから、正枝さん」
名前を呼ばれても、正枝はうつむいたままだった。
「家事手伝いの派遣会社に、連絡をしたのはあなたでしたね」
「え、ええ……」ようやく、正枝は顔を上げた。
「冷湖さんに頼まれて?」
「はい……」
「お客さんを、もてなすために?」
「そうです」
「おかしいですね。派遣会社に確認をしたら、あなたから連絡を受けたのは、先週の火曜、午前十時十七分だったそうですが」
正枝は、質問の意味を理解できないようすで戸惑っていた。佐野は続けた。
「本村君が花織さんにドリンクをこぼされたのが先週の金曜、柏谷夫妻が結子さんたちの落とし物を拾ったのが先週の水曜。青山さんが早苗さんをこちらへ送り届けたのは先週の火曜ですが、あなた方の証言によれば、それは日が暮れたあとだったはずです。火曜の午前の段階では、お手伝いさんを呼ぶ理由などないように思えるのですか?」
正枝はまた、うつむいてしまった。砂織に連れられて冷河がやって来た。はらはらと落ち着かないようすだった。
「お二人共、署までご同行ください」
正枝と晶彦は、佐野の指示に大人しく従った。二人は、警察に連れられて玄関を出た。
「正枝さん!」
冷河が叫んだ。
「大丈夫です」
パトカーのシートに泰然と身を落ち着け、正枝は言った。それから、冷河の後ろに立ち尽くしている砂織の方へ顔を向けた。砂織は胸の前で両手をそわそわと絡ませ、いつになく怯えたようすだった。正枝は言った。
「砂織ちゃん、家のこと、よろしくお願いね」
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