十四

「ま似てるっちゃ似てるけど」

 布団の上で本村のスマホを凝視しながら、大槻は言った。画面には、先日氷降グループから届いた、冷湖直筆の手紙が映っている。「家族なら、こういう冷湖さん直筆の手紙やら書類やら入手できるだろうし、遺言書の偽造だって可能なんじゃない?」

 大槻はスマホを本村に返そうとした。

 本村はメイリスを膝に置きながら、布団の上に正座していた。凛々しい瞳はどこか不機嫌そうに、飾り気のない障子の方を向いている。

 大槻は本村のスマホを、布団の上にそっと寝かせた。

「その達筆を?」池脇は言った。「んなもん筆跡鑑定されたらすぐバレんだろ」

「筆跡鑑定ってどこまで正確なのかな」大槻は立ち上がり、充電ボックスの中へタブレットやスマートウォッチをしまい込んだ。「字面なんて気分によって変わるもんじゃない? 俺、TPOに合わせてわざと字体変える人知ってるよ?」

「あんだろ。筆圧とか、筆勢とか。見た目だけじゃ分かんねえ癖とかがあんだよ。多分。あの遺言書が本物かどうかなんて、調べりゃすぐ分か————」

「偽物だと思う」

 障子を見つめたまま、本村は言った。「透織さんが言ってたこと」

「ああ、なんか別人みたいだったね、透織さん」大槻は言った。

「『あの日からずっと俺のこと憎んでた』って。あれはつまり、本物の遺言書はずっと前に作成されていて、それには透織さんにすべてを相続させるような内容が書かれてたんじゃないのかな」

「じゃあ、彗一さんが冷湖さんを殺して、遺言書を書き換えたって言うのかよ」池脇は言った。

「そうとは限らない。他の誰かが、彗一さんを後継者にしようとしてるのかも」

「元の後継者が透織さんだったとしたら、犯人が伊織君に危害を加えようとした理由は?」大槻が言った。

「まああああああああ」

 頰の肉を両手で伸ばし上げながら、本村はうら悲しく鳴いた。

「おめえ」

 池脇が、隣で腹這いになっている倉沢に目をやった。

「あん?」

「それ消せよ」

 倉沢の枕元を見やりながら、池脇は言った。プロジェクターが、寝間着姿のなでしこを映し出していた。

「なんで」

「寝るからに決まってんだろ」

「俺が眠ったらなでしこさんも自動でおやすみモードに入るし」

「目障りなんだよ」

「は? 人の奥さんつかまえて目障りとか失礼過ぎない?」

「まあああああああああ」

「うわああああもういい寝よう、寝よう!」大槻は急き立てた。

 暗闇で正座している本村を置いて、池脇と大槻は眠りに就いた。倉沢もしぶしぶ妻を消し去って、布団をかぶった。少しして、本村は、メイリスを抱きながら、静かに布団に倒れ込んだ。

 数時間後、倉沢は目を覚ました。

 寝ぼけ眼で横を見やる。本村たちは、やけに静かに眠りこけていた。

 倉沢は本村たちに背を向けると、プロジェクターを手のひらに乗せた。「ね、起きて、なでしこさん」

 プロジェクターにグリーンの光が点り、なでしこは、先程と同じ寝間着姿で、瞼を擦りながら現れた。それから、「ふあぁ」と、愛らしいあくびを声にした。

「なでしこさん、しいっ!」

 倉沢はささやいた。なでしこは驚いて、人差し指を口元へあてた。

 倉沢はなでしこを手のひらに乗せたまま、布団を抜け出し、そっと障子を開けて部屋を出た。

 体をかがめ、小刻みになりながら廊下を歩いた。妻だけが頼りだった。外は不気味なほど真っ暗で、見えない何かに、四方八方からつけ狙われている錯覚を覚えるほどだった。

 ふと、母屋の方に小さな明かりが見えた。

 明かりは、ゆっくりとこちらへ向かってきたかと思うと、途中でふわりと曲がり、短い竹林の、囲いの奥へと入っていった。

 倉沢は無言で妻を消し去ると、庭へ降り、明かりのあとを追いかけた。竹林の奥には、思織が、蝋燭を手に立っていた。

 思織は石造りの細長い置物の空洞部分に、蝋燭を近づけて火を灯した。そして、懐から白い紙を取り出し、灯った火の中へと焚べた。

 紙が燃え尽きてしまうのを見届けると、思織は石柱の灯火を指でつまんだ。思織は振り返った。闇夜に、蝋燭の明かりに照らしだされた、怪しげな笑みが浮かびあがった。

 倉沢はとっさに竹林から離れ、そばにあった庭木の陰に身をひそめた。思織は飛び石をたどり、母屋の方へ戻っていった。

「なでしこさん」

 倉沢は手のひらに妻を呼び戻した。

「おしっこしたい」

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