三
濃古見は山間に位置する小さな村だった。
土地の多くは畑や水田で美しく整えられ、そこら中に草木が茂り、自然と溶け合うように、古民家がひっそりと点在していた。
彗一は竹垣の門の中へ車を進入させた。それから、ドリフトさながらの手捌き足捌きで、正面の建物の前に車を横付けした。瓦屋根をした和風家屋だった。
「でかくないですか」
車を降りて、大槻は言った。正面の外観や、敷地を囲う竹垣の長さから見ても、氷降邸が、相当な規模のものだということがよく分かる。
「あー。自慢じゃないけど、確かにそうかも」また、他人事のように自宅の外観を仰ぎながら、彗一は言った。「うち、五世帯十七人で同居してるから。それなりに部屋数多いし」
「じゅーしち?」
大槻は驚いた。本村たちも呆気にとられていた。
「うん。やっぱ多いよね」
首すじを掻きながら、彗一はへらへらと笑った。
「まあ、一般的な家庭よりは……」
大槻が遠慮がちに述べていると、激しい車の走行音とともに、門の方から、一台の黄色いライニキーが猛スピードで突っ込んできた。
車は速度を落とさず、そのまま本村たちのいる方へ直進してくると、ラングフォードに衝突せんばかりの、すれすれの位置で急停止した。
「けーいちい」
助手席から降りるや否や、ベージュの長い髪をした女が勢いよく言った。運転席からは、同じベージュの短髪の男が、小さな紙袋を手に降りてきた。
二人は腕を絡めながら、上機嫌で彗一の前に立った。ベージュの髪色、華奢な体つき、小リスのような顔。二人は、とてもよく似た風貌だった。
「おっそ。
「だからぁ?」女の方が言った。
「お前らが出迎えなくてどうするんだよ」
「なんでぇ?」男の方が言った。
「お前らが世話になったんだろ?」彗一は、少しばかり語気を強めた。
「何話せばいいか分かんないもん」ほんのりウェーブした髪の毛の先をいじくりながら、女は言った。
「それに俺ら、今日のことはずっと前から約束してたし」男は言った。
「今日のことって?」
彗一がたずねると、ベージュ髪の二人は顔を寄せ合い笑った。それから、同時に言った。
「ひみつー」
二人は本村たちに目もくれず、楽しそうに家屋の方へ歩き出した。
「けーいち車よろしくねー」
「しくねー」
「あー喉渇いたぁ」
「俺カピルス飲みたい」
二人は手を繋いだまま、揃って戸口の中へ消えた。
「身内の方ですか?」本村が聞いた。
「結子と結太郎。花織のいとこ。俺のいとこでもあるけど」戸口を見つめたまま、呆れたようすで彗一は言った。
「恋人同士みたいですね」大槻が言った。
「双子なんだよ、あの二人。いつも同じ髪色して、どこ行くにも一緒でさ。大学入ったはいいけど、正直何しに行ってんだかって感じだし、伯父さんと伯母さんも甘いし————あ」
思い直して、彗一はくすりと笑った。「俺が言えたことじゃないか」
「彗一」
また、門から誰かがやって来た。品のよい落ち着いた軽装に、サンダルを履いた若い男だった。
男はゆったりとした足取りでやって来ると、本村たちを見て嬉々として微笑んだ。
「もしかして、花織の?」
「はい、本村です」
「連れの大槻です」
「池脇です」
「倉沢です」
四人は、それぞれ会釈した。
「初めまして、花織の兄の、
男は丁寧に頭を下げた。作り込んだ清潔感や洒落っ気ではない、自然な美しさと華やかさが漂っていた。「先日はうちの花織が大変な粗相を————」
「あ、そのくだりもうやった」
改まった空気を吹き消すように、彗一が言った。
「ええ? そうなの?」動揺すらも優しげに、透織は言った。「でも、俺、兄だし。本当に申し訳ございませんでした」
もう一度、透織は頭を下げた。
「あ、僕、全然気にしてないんで」透織と呼応するようなおっとりとした調子で、本村は言った。
「むしろこんな豪邸に泊まらせていただけるなんて逆に申し訳ないというか」大槻も言った。
「お前どこ行ってたの?」また、堅くなりかけた空気を遮って、彗一はたずねた。
「え、ああ、
「ふーん。なんだろ。あとで俺も見に行ってみようかな」
考えながら、彗一は言った。透織は、黄色いライニキーの方を見た。
「結子たち、やっと帰ってきたんだ?」
「そう。あいつら、お客さんに挨拶もせずに自分たちだけとっとと中入ってった」軽く苛立ちながら、彗一は言った。「お前、本村君たちの荷物運んどいて」
「うん」
「あ、やります、俺ら」池脇が歩み出た。
「いいからいいから。長距離移動疲れたでしょ? お客さんは先に上がってゆっくりしててよ」
そう言うと、透織は戸口を開けて叫んだ。「
間を置かずに、着物を着た年配の女と、長髪を高く結んだ若い女が小走りでやって来た。
「本村さんたち」透織は言った。
「これはこれは、こんな田舎までよくおいでくださいまして」
着物の女がうやうやしく言った。二人は揃って上がり口に正座すると、手をついて会釈した。
「花織ちゃんの伯母の
着物の女が言った。切れ長で柔らかな瞳と、着物にあしらわれた太陽の文様が神秘的だった。
「花織の姉の
隣に座る若い女も言った。花織の姉というからには、透織の姉か、妹にも当たるのだろうが、透織の温和な落ち着きとはちがい、その表情は冷静で、端然とした落ち着きを見せていた。
「砂織ちゃん、お客様を
はい、と砂織は小さく言うと、無駄のない動きで立ち上がり、本村たちに目を向けながら、片方の手で廊下を指し示した。
止まった空気の中に波紋を広げるように、鋭くも柔らかな声音で砂織は言った。「どうぞ」
「おじゃまします」
「よろしくお願いしまーす」
「お世話になります」
「どうも」
砂織の静かな威厳に圧倒されながら、四人は板間へ上がった。それから、玄関先で見守る透織に礼を述べると、砂織について廊下を渡っていった。
「あら」
客人を見送ると、正枝はたたきの方へ目を落とした。
透織も、興味深げにそれを見た。式台に沿って、趣も風情もない、グリッターを纏ったど派手な履き物が四足並んでいる。
正枝は微笑んだ。
「かわいらしいこと」
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