第二章

第4話 迎え

 先輩の家から帰る途中、兄が僕を待ち構えていた。

「完敗かな?」

 僕の顔を見て、ヘラヘラと薄く笑いながら兄は言う。久しぶりに会うが、感じの悪さは相変わらずだ。

「いやさぁ、お前の兄だって説明したんだけど、お前の居候先の家族、だいぶ警戒心が強いみたいだなぁ……家に入れてもらえなかったよ」

「……それは普通の反応だと思います」

 僕よりもよっぽど優秀な兄だが、こちらでの常識力に限っては、僕の方が勝っているらしい。とはいえ、こちらの常識はもう必要ないだろうから、勝ったところで意味はないけれど。

「何をしに来たのですか」

 分かっているけど、僕は一応聞いておいた。

「ふふ、兄様が直々にお迎えにあがったんですよ。捧げ物の子が来る日程が決まったからには、こちらも色々と準備をしなくてはいけないからね。もう時間切れだ」

「……はい」

 予想通りの言葉に対し素直に返事をした僕に、兄は拍子抜けしたように目を丸くする。

「駄々をこねるかと思ったけど……今日は素直だねぇ。いいのか? もう少し時間はあるし、粘ったっていいんだよ」

「……そちらまで話が伝わっているなら、もう、どれだけ足搔いても手遅れでしょう?」

 自分から言っておいて、悲しくなってしまった。気持ちが沈んだ分だけ、まだ開封してない先輩からもらったジュースの重みが、増した気がした。

「よく分かってるじゃないか。もう向こうは、あの子は私の物っていう認識だから、このタイミングで、弟の――立場の低いほうの君が横取りしたってなったら、間違いなく顰蹙は買うだろうね」

「……兄様は、あの人を大事にしてくれますか」

 僕は、汗をかくジュースのパッケージへ視線を落としながら、訊いた。この人が簡単にイエスなんて言うはずがない、と思いながら。

 案の定、兄はケラケラと笑って僕に背を向けた。

「安心するといい。私は食べ物を粗末にするのが嫌いだからねぇ。それに、お前ほどじゃないけどあの子のことは気に入っている。大事に1つ残らず平らげてあげるよ」

「……やっぱり、食べる気ですか」

「もちろん。人間の男の使い道なんて、他にある?」

 兄は背を向けたまま、片手をひらひらと上げて僕に「さっさと来い」と指図する。

 僕は、目を閉じると、呼吸を整えるために静かに息を吐く。

 兄の無防備な背中を追って、突き飛ばす。僕を振り返る兄の驚いた目。馬乗りになり、その喉元に噛み付いて、爪で、皮と肉を引き裂く――

 そこまで思い浮かべて、やめた。

 兄に喧嘩で勝てたことなど一度もない僕は、諦めて、黙ってその後を追った。

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