第57話

美影白堵さんから話を聞いたあと、あたしたちは車で家まで送ってもらって帰宅した。



リビングのソファに座り、ボーっと天井を見上げる。



なんだか、美香へ白堵さんの話は夢を見ているみたいだった。



今のあたしはずっと憧れていた人と恋人同士になれて、胸がいっぱい。



だから、妖精たちの姿が見えなくなってしまったんだ。



「なんか、妖精って健気だね」



陽菜ちゃんが、ウーロン茶を入れたコップをテーブルに置きながら、ソファへ座って言った。



「あたしも、そう思ってた」



人が落ち込んでいる時に不意に現れ、元気を分け与え、消えていく。



「美影って、強引な俺様で嫌な奴って思ってたけれど……でも、違うんだね」



「そうだね。妖精として産れてきた時点で、その役目は決まっているんだから」



もう1度美影たちに会いたい。



でも、会うためには自分が苦しまないといけない。



そんなこと、できるワケない。



「もう、会えないのかなぁ……」



あたしは小さく呟いた。



☆☆☆


それから数日後の休日。



今日は秋生さんとデートする日だった。



あたしは新しく買った白のワンピースを着て、いつもの籠バッグを持つ。



今日は待ち合わせではなく、秋生さんが家まで迎えに来てくれる予定だった。



昨日場所を教えておいたから、迷わずに来れると思うんだけれど……。



そう思って時計に目をやったとき、チャイムが鳴った。



「時間ピッタリ」



短針と長針が10時の場所で重なり合った瞬間だったので、あたしは思わず微笑む。



玄関を開けると、はにかんだ顔の秋生さんが立っていた。



「おはよう、月奈ちゃん」



「お、おはようございます」



いつもながらに、緊張してしまうあたし。



やっぱり、まだ慣れないなぁ……。



異性の、しかも恋人と2人きりという状態が、ドキドキして、思わず視線をそらしてしまう。



「今日は、どこ行こうか?」



家を出てそう聞かれても、あたしはすぐに返事ができなかった。



思えば、秋生さんとちゃんとしたデートをするのは、これが初めてだ。



「え、えっと……」



「とりあえず、ファミレスでも行こうか」



あたしが困っていると、秋生さんがそう言って手を差し出してきた。



こ、これ、握った方がいいのかな?



そっと手を近づけると、秋生さんから握りしめてくれた。



体温が伝わってきて、妙に恥ずかしい。



今更こんなに意識しちゃうなんて、今日はあたしどうしたんだろう?



秋生さんとは、もうキスまでしちゃってるのに……。



緊張してうまく話せないあたし。



沈黙を特に重たく感じていないのか、無言のまま歩き続ける秋生さん。



あたしは半歩前を歩く秋生さんについていくのが精いっぱいで、道路にできた少しの段差に気が付かなかった。



あっ!



と、思ったときにはもう遅く、足を引っかけたあたしは前のめりに体のバランスを崩してしまった。



「きゃぁっ!」



と、短く悲鳴をあげた次の瞬間、あたしは秋生さんの両手に抱きかかえられるようにして、その場に立っていた。



「大丈夫?」



「だ、大丈夫です!」



慌てて身を離そうとするあたし。



そんなあたしを更にきつく抱きしめる秋生さん。



「あ、あの……。大丈夫なので、離してください」



「ヤダって言ったら?」



そ、そんなっ!!



人通りは少ない道だけれど、こんな場所で抱き合っているなんて誰かに見られたら、どうするの!?



そう思うと、途端に怖くなり、



「離して!」



と、あたしは、思い切り秋生さんを突き放していた。

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