第56話
「もちろん。そのために、月奈さんへ返事を書いたんだからね。場所を、移動しようか」
そして、あたしたち3人はコンビニを出た。
☆☆☆
美影白堵さんの車で向かった先は、少し遠い喫茶店だった。
ロッジのような木製の、一階建ての喫茶店に、あたしと陽菜ちゃんは目を輝かせる。
こんな素敵なお店があったなんて、しらなかった。
美影白堵さんは馴れたように一番奥の、4人かけの席へ座った。
あたしと陽菜ちゃんも、それに続く。
「いつも、ネタを考える時に使っている喫茶店なんだ」
「そうなんですか……」
オシャレな喫茶店なんてあまり来たことがないあたしは、1人ドキドキと店内を見回した。
茶色いエプロンをつけたウエイトレスさんにそれぞれ飲み物を注文すると、美影白堵さんは「じゃぁ、なにから話そうか?」と、あたしを見て言った。
「あ、あの……美影白堵さんって、ペンネームですよね?」
「あぁ、そうだよ」
「その、ペンネームってもしかして……」
「月奈さんの考えている通り、あのコンビニいる妖精の名前さ」
あたしの言葉を最後まで聞く前に、美影白堵さんはそう言ってうなづいた。
やっぱり、そうだったんだ!
「あのレジの妖精が、見えていたんですか?
「もちろん。僕は一時期ネタに困っていてね、何か面白いことはないかと思ってあのコンビニで半年ほどアルバイトをしていたんだよ」
その言葉に、あたしと陽菜ちゃんは目を見交わせる。
まさか、童話作家がコンビニでアルバイトをしているなんて、考えもしなかった。
「そこで、僕は美影と白堵に出会ったんだ」
そこでちょうどウエイトレスが飲み物を運んできた。
あたしは目の前に置かれたオレンジジュースに視線をやり、それから視線を美影白堵さんへと戻した。
「でも、それじゃおかしいです」
「なにが?」
「美影たちは、自分たちの姿を見える人に初めてであったって、あたしに言ったんです」
美影白堵さんがレジの妖精に気が付いていたとしたら、美影はあんなこと言わなかったはずだ。
美影白堵さんはコーヒーを1口飲んで、こう言った。
「それは、僕が妖精に気が付かないふりをしていたからだよ」
「え……?」
あたしは首をかしげる。
それって一体どういう意味?
「妖精たちの自然な姿を観察したい。それを書きたいと思ったんだ」
「だから、見えないふりをしていたんですか?」
「そういうこと」
美影白堵さんの説明に、あたしはようやく納得した。
それなら、美影たちの言葉も嘘ではない。
「自然な姿ということは、あの作品に書かれていることは、すべて事実ということですか?」
陽菜ちゃんが、鋭い突っ込みをいれる。
「あぁ。妖精たちの会話を聞いて書き上げたものだ。すべて事実というより、事実をもとにしたフィクションと呼んだ方がいいかもしれないな」
「そうなんですか……」
陽菜ちゃんは呟き、真剣な表情になる。
あたしは、童話の内容を思い出していた。
妖精たちが人間になるために冒険する物語。
小さな女の子と一緒に5つの宝石を探し出し、北の魔女へ渡し、人間にしてもらうというお話。
それが、美影たちから得た情報だというなら、現実味のあることだ。
「月奈が妖精を見られなくなった理由は、わかりますか?」
「あぁ。これは僕の感に過ぎないんだけれど」
美影白堵さんはそう前置きをして話を進めた。
「僕も、実は今妖精が見えないんだ。
振り返ってみれば、アルバイトをしていた頃の僕はネタに詰まり、ロクに睡眠もとれていない状態だった。
でも、今はその真逆。ネタも何本かストックがあるし、ちゃんと睡眠もとれていたって健康なんだ」
と、いうことは……。
あたしと陽菜ちゃんは顔を見合わせた。
「心が不安や不満に満ちているときに見えて、心が満足していると見えない……と、いうことですか?」
あたしがそう訊ねると、美影白堵さんは「その通り」と、うなづいた。
「ただし、誰にでも見えるワケじゃない。
怪奇現象や幽霊といったものと同じで、生まれ持って敏感な人間だけが、妖精を見ることができるんだと考えている」
「あたしたち、特別なんですね」
陽菜ちゃんが、嬉しそうに言った。
「あぁ、そうだね」
陽菜ちゃんは、まだ妖精をみることができている。
それは、彼氏だった彗さんと離れ離れになって、心が痛んでいるからかもしれない。
そう考えた瞬間、キュッと胸が痛くなって、あたしは陽菜ちゃんの手を握りしめたのだった。
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