第41話

コンビニに入った瞬間、あたしは立ち止まってしまった。



だって、店内にあのお客さんがいるんだもん。



さっき、お店の外を歩いていたあたしの好きな人が……。



今もまだ恋人と一緒で、手には飲料を持っている。



キュッと胸が締め付けられて、痛みに顔をゆがめる。



「ほら、行けよ」



美影が小さく言った。



「え?」



「『え?』じゃねぇだろ。俺はレジに戻るから、月奈は頑張れ」



そう言い、美影は軽くジャンプをして入口から近い2レジへと飛び移った。



まさか、このためにコンビニに来させたの!?



そう思って美影を見ると、軽くウインクして返された。



そっか……。



美影はこの2人がコンビニへ向かっている姿が見えていたんだ。



あたしはすっと空気を吸い込む。



ダメでもともと。



行くしかない。



彼と彼女の距離が少し開いたのを見計らって、あたしは大股に歩いて行った。



彼の目の前に立つと、相手は驚いたように目を丸くし、そして立ち止まった。



「あ、君、ここのレジの……?」



その言葉に、あたしはうなづく。



嬉しい。



あたしの顔、覚えてくれていたんだ。



それだけで、心がポッと温かくなる気がす。



もう、十分だと思った。



でも……。



「たしか、鳥谷さん?」



と、あたしの名前まで憶えてくれていたのだ。



あたしは、彼の名前も知らないのに。



「……そうです。名前、憶えてもらえてて、嬉しいです」



恥ずかしくて、消え入りそうな声でそう言うと、彼は少し頬を赤らめて再び口を開いた。



「いつも可愛いなって思って見てたんだ」



「えっ!?」



思いがけないセリフに後ずさりをするあたし。



彼の真後ろには彼女がいるし、どうしよう。



なんて言えばいい!?



1人パニックになっていると、後ろから彼女が口をはさんできた。



怒られる!?



一瞬そう思って身構えたのだが……。



「お兄ちゃん、いつも鳥谷さんのこと見てるのよ」



と、彼女が言ったのだ。



お兄ちゃん……?



「……兄妹ですか……?」



「あぁ。そうだよ」



そう言ってうなづく彼に、あたしは力がぬけてその場に座り込んでしまいそうになる。



彼女じゃ、なかったんだ……。



美影の言った通りだ。



簡単にあきらめる必要、なかったんだ。



「ちゃんとした自己紹介、まだだったよね。俺、風見秋生(カザミ シュウキ)こっちは2つ年下の妹の秋。2人とも、秋生まれなんんだ」



「あ、あたし月奈。鳥谷月奈。19歳」



こうして自己紹介をしているなんて、なんだか信じられない。



「19歳か。じゃぁ、俺の方が1つ年上だね。月奈ちゃんって呼んでもいいかな?」



「はい、もちろんっ!」



大きくうなづいたせいで、秋ちゃんがクスクス笑う。



「電話番号の交換は? お二人さん?」



ちゃかすように秋ちゃんが秋生さんをひじでつついている。



その言葉に秋生さんは顔を赤らめ、あたしもカっと熱くなった。



「じゃぁ、交換しようか」



「……はい」



あたしたちは互いの番号とアドレスを交換したのだった。

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