第30話

「無邪気でね、明るい子だったのよ」



「そう……なんだ……」



「互いに好きだって気づいたけれど、妖精と人間じゃ住む世界が違うでしょ? 恋人らしい事もそんなにできないし。でもあたし、幸せだったの」



それなのに……。



数日前、古くなったパソコンの総入れ替えが行われたらしい。



陽菜ちゃんの知らない間にパソコンはすべて入れ替わり、今まで一緒にいた妖精たちは姿を消した……。



「だからね『いなくなっちゃった』の。あたしの彼氏は」



そして、陽菜ちゃんはあたしの手を握りしめた。



「月奈には、そんな思いさせたくない。いくら好きでも、必ず訪れる別れを経験してほしくない」



あたしは、バッグの中にいる4人を思い浮かべた。



俺様な美影。



甘えん坊な白堵



インテリな菜戯。



不良な汰緒。



「あたし、離れたくないよ……」



みんなと、ずっと一緒にいたい。



たった数日しか一緒にいないけれど、みんなが優しくていい奴だって、あたしは知っているから。



「月奈……」



「恋人とかって関係じゃなくても、あの子たちとずっと一緒にいたい」



グッと拳を握りしめる。



あの子たちのおかげで、あたしの日常は変わった。



毎日バイトに行って、疲れて帰って、寝て。



時々就職先を探しに出かけて。



そんな嫌になるような日常に、鮮やかな色が加わったんだ。



不思議で、楽しくて、ちょっぴりスリリング。



そんな世界を教えてくれたあの子たちと離れるなんて、絶対に嫌。



するとその時、「月奈!!」と、あたしを呼ぶ美影の声が聞こえてきた。



ハッとしてバッグへ目をやるあたし。



美影たちにも、今の会話が聞こえていたんだ。



あたしはバッグへ駆け寄り、蓋をあけた。



4人は転がるように外へ出てきて、それを見た陽菜ちゃんは一瞬痛そうな顔をした。



「月奈! 俺もお前と一緒にいたい!!」



美影が叫ぶ。



その言葉に、昨日白堵に言われた告白以上に心臓がドクドクと高鳴った。



「美影……」



「お前は俺のものだ。そうだろ?」



強引な言葉をかけられて、あたしは思わずうなづきそうになってしまう。



「何言っているのよ、あたしは誰のものでもないわよ」



「そうだよ! 月奈ちゃんは美影より僕のほうがふさわしいしね?」



白堵が横から口を挟み、美影に睨まれている。



そんなやりとりを見ていると、陽菜ちゃんは不意にプっと噴き出した。



さっきまで切なそうな表情をしていた陽菜ちゃんが笑ったから、あたしは驚く。



「あははっ! なんか、こういうやりとりを見るの、懐かしいなぁ」



そう言って、目じりに浮かんでいた涙をぬぐう。



「妖精っていいわよね。無邪気で、裏表がなくて。でも、それぞれ個性もあって。なにより、可愛いし?」



「そうだね」



あたしは、陽菜ちゃんの言葉にうなづく。



「月奈に秘密を話したらスッキリした! 朝ご飯食べに行くよ?」



そう言って、あたしより先に部屋をでる月奈ちゃん。



あたしは慌ててその後に続きながら、4人のほうを振り向いた。



4人は一様に、笑顔であたしに手をふっている。



だから、あたしも笑顔で手を振りかえした。



陽菜ちゃん、誰にも言えずにずっと我慢していたんだろうな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る