(5)


 『ここよりマモラ領』の看板は古びていた。関所は朽ち果てており、見る影もない。 

 街道はところどころ雑草が顔をだし、少なからぬゴミや落ち葉が溜まっている。

 

 それでも天気は良く、道連れのゲールの話は面白く、楽しい。

 ここ一年間、ゲールは王国内を旅し様々な経験をしていた。

 それ以前の話題が一つもないあたりが、ゲールの秘密なのだろう。


 ゲールは男として18才くらいに見えるようにしているが、実際は20代半ばの女だ。言うまでもなく俺より背が高く、目先にはゲールの顎がある。それにしても、胸はないなあ。胸には光操作もしてないし。


 話題は楽しい経験が多い……しかし、まあ、スキも多い。

 相当カモられていたし、本人が気づいていない無駄な出費も数え切れない。

 それでも明るく元気なのは、生まれが良く金銭にこだわらないことと、吟遊詩人として一流ですぐに稼ぐことが可能なためだろう。


 得意な楽器リュートは死守したと言って笑いながら見せてくれた。

 それは素人目には古びただけ、実際俺も初見では見逃したのだが、目玉が飛び出るような高級品だ。小さな城なら買えるぞ。


 音楽にはなんの素養もない俺だが、カルと投資目的で楽器を調べたことがある。かなり熱心に。結局保管方法の問題が解決できないので諦めたと記憶している。

 ゲールはそれを魔力で解決していた。魔力流はしっかり覚えておこう。


「賭けはノアさんの勝ちなのですから、約束の題材をくださいな」

 なんだか楽しそうで、勝った気がしないぞ。

「一年前まで共に暮らした四人の戦友……いや親友の冒険譚なんだ。夜、ゆっくり話すさ」

「よ、夜って」

「温泉宿でさ。行かないのか」

「も、もちろん行きますし、お友達の話もじっくりお聞きします」

「楽しみにしてるよ」

「あ、ありがとうございます。お風呂楽しみです」


 支離滅裂な返事はスルーして、話題を彼(彼女)の過去に振る。

「楽器は誰に習ったんだ」

「えっ……もちろん師匠です」

 教えるから師匠なんだってば。

「やはり、吟遊詩人だったのか」

「その時は引退されていましたが、以前は宮廷で弾いたこともあると、うかがってます」


 ここ50年王宮に専属の楽師はいない。流星王も芸術には興味がなく、音楽や演劇の後援者はたいてい宰相殿である。 

 他国、おそらく隣国のどれかがゲールの出身国、しかもおそらくかなりの上流だろう。まあ、少なくともスパイじゃなさそうだ。


「へえ、早く聞きたいものだな」

「ここで弾きます?」

「プロなんだから無観客はやめておけ。ユウパは繁栄していると聞いたから稼げるぞ」

「僕はかまわないんですけど」

「それより俺の友人のコンディの弓は……」



 関所から三十分ほどで人家が見え始めた。

 古い家屋ばかりで、大きな建物、倉庫だったものは屋根が崩れたりしている。この辺りは水運が使えないからこの街道から穀物を出荷していたのだろう。

 旅行客を相手にしている店は比較的新しいが、今は客が来ないため閉店しているようだ。


 町は無人ではなく、外で遊ぶ子供の姿も見える。衣服は擦り切れているが清潔で、栄養状態は悪くない。地は富んでいるから自給自足は容易ってことか。現金収入はないけれど、ある意味平等なのだろうか。


 旅人に気づいた子どもたちが珍しいのか手を振ってくれた。

 振り返すと大喜びしている。横でゲールも振っていた。

 一曲披露したいと言い出す前にと歩みを早めた時、声をかけられた。


「おまえら、休憩していけよ」

 近くの店のスイングドアから現れた大男は赤いパンツにブーツ、ピンクの上着に緑のハンチング帽……ありえないっしょ。

 手下二人は茶色一色でよほど趣味が良い。

 大男は大剣を腰に、手下は肩までくらいの棒を手にしていた。


 子どもたちは男から見えないのを幸い、舌を出したりこの尻喰らえと大騒ぎ。

「そうは言っても閉店のようだぜ」

「そうかい。じゃあ先払いして、暇な時来いよ。チビ助」

 子どもたちがいなければ頭が跳んだよ。オウム野郎。


「もう来る気はないさ」

「なんだと!」

「じゃあ、お土産でも選ぼうか」

「?」

「その棒はこの辺りの特産かい?」

 左側の子分Bに歩みより両手で棒をつかむ。子分は右手を添えたまま突っ立っていた。

「なかなかしっかりしている。少し試用するよ」

「いったいなにを」

 オウムに返事はくれず。棒を奪い下からBの股間を叩き上げ、抜いてAの側頭部を強打した。嫌な音がしたから、しばらく戦闘不能だろう。側の石を拾って振り向くと子どもたちは走り回って喜んでいた。


 

 お兄さんは強いよ! 三十前なのは内緒にしておこう。

 さて石でオウムを倒……

「てめえら、出てこい」

 雑魚が七人でも問題は、ああゲールがいるな。

 戦っている間に人質に取られるかもしれない。


 俺の手から石が消え、七人が崩れ落ちる。

 ほんの少しの魔力で礫を弩以上の速度で打ち出すことが出来る。工夫が必要だし、魔導師の教本には載っていないけどね。

 世界を四元素で説明すると上手くまとまる。しかし、完全に網羅しているわけではない。

 攻撃によく使われる火魔法は火矢、火球、火弾と威力は増すと教本にはある。実際に測定してみると差は衝撃の違いにあった。

 だから実体のある土や水魔法のほうが簡単に威力が出せる。でもなぜ火か。突き詰めると理論で四元素間の相性が語られるためだ。


 俺が考えた石弾は土魔法でさえない。石を拾って魔法で投げるだけ。でも威力に差はない。ただコントロールの難易度は高い。


 振り返るとオウムではなくゲールがいた。

「すごいです、ノアさん。新魔法なのですか」

「えっ~、魔力節約魔法」

「マリョ・クセ・ツヤク?」


 スイングドアのところでオウムの声が聞こえる。

「先生、お願いします」

 返事はない。


 子どもたちは騒ぐのを止めた。ヤバい相手なのか?


「石ころ一つで七人倒したんでさあ。王国一の剣士なんでしょう。先生!!」

「それに違いはない。石一つで七人って、そんな一石七鳥を出来るのは王国に一人しかいないぞ。おまけにそいつは今頃、近衛騎士隊の隊長様で」

「そんなことは良いですから。金貨十枚先生には」

「それを言われるとなあ」


 やれやれ、声に聞き覚えがあるぞ。それに一石七鳥じゃない。一撃七殺だ。


 出てきた長身の男は透かし彫り入りの白いブーツにフリル付きの青い上下、濃い青のマントは膝丈で、腰には普通丈のブロソ、肩にはご自慢の超長剣をかけている。

 キザで女癖の……いや、親友のアラン・Q・

「ハガードじゃないか」


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