(4)
襲撃事件から十日たったころ、俺たちは十八番宿場町まで来ていた。
このあたりから千湖地方にかけては宿場町以外にたくさんの温泉街があり栄えている。
千湖地方の南にある山岳民族の国トーイは巨大なカルデラにあり、過去に激しい火山活動があった証拠だ。その影響でカルデラを中心に広い範囲で源泉が確認されていた。
温泉街に泊まるのも一興かなと考えていると、朝出発前にミマが宿に姿を見せ作戦協力をミィにもとめた。
部屋の隅でコソコソ相談し始めたので、
「危険があるなら、俺が」
振り向いたミィは顔を真赤にして怒っている。
「私がしますから!」
なぜ怒られるんだろう、俺。
抗議しようとするとミィの肩越しにミマが。
『し』『た』『ぎ』
と口を動かした。
温泉に入るしぐさ付きだ。
なるほどカルタエの工作員がいるとすれば、温泉街は潜むのにうってつけだ。
このあたりは都から馬車でも10日以上かかるので、一ヶ月以上の湯治客が主体になる。
王都だけでなく、他の地方、外国からも。
特に外国からの客は持病に合う温泉を選び数ヶ月、時には数年に及ぶ滞在をする者もいた。
泉質を言うなら、トーイやその南のカルタエ、ポルチャも同じ条件になる。
しかし、早くから開けていたので設備がよく、回復系や医療系の魔力を持つものが集まっていた。
戦場や救急医療で力を活かせない、スピード優先ではないタイプは、それまで田舎の治療師くらいしか仕事がなかった。
しかし、ここでは、それで十分だ。
かえって湯治に合わせゆっくり確実に治すほうがリハビリには都合が良い。
そして裕福な湯治客が相手だ。集まらないわけがなかった。
さらに、宰相殿が温泉治療士の国家資格を作り、街道を整備し、馬街道を新設したことで他を圧倒することになる。
緊急時なら連絡球(おそらく光速、超高価)、至急なら声送り(音速、そこそこ高価)しかし長期逗留なら急ぎでない定時連絡も必要で、安価な駅伝制の完備は費用対効果では最強なのだ。
などと考えを巡らすうちに二人の相談はまとまり、ミィとの合流は7日後に二十五番宿場町に決まった。
しばらくは一人旅である。
俺達は既に民間人と断ることは法的には可能だ。
おまけに極秘の依頼である。
しかし、法が実際に身を守ってくれるわけではない。
そして宰相殿は、自賛していたように、極めて支払いが良い。
あのときは金払いのことのように言っていたが、実際にありがたいのは目に見えぬ報酬だ。
例えばミマは情報を求めて、現役時代の俺の元によく現れた。対価も出るけれど、思いもよらぬ情報をもらうこともあり何度も命拾いした。
退役して終わりかと思っていた関係が続くことには驚いたけれどもね。
ミィに危険がなければ俺はかまわないとミマは伝えた。
それは、俺の頭越しに依頼があったことに不快を感じたせいかもしれない。
ミマはすこし驚いた顔をして、
「心得ております」と。
まあミマならお見通しだろうな。
宿の支払いの時、おすすめの温泉街をいくつか紹介してもらう。
この辺りから千湖地方に抜けるまでは低山が多く馬街道も多い。
俺の脚なら4日ほど余裕があるのだ。
街を出て温泉街へ通じる脇街道にはいる。
脇街道は地元の領主が管理している道である。
温泉街を持つ領主は税収が多く道の整備が行き届いている。そして道だ良いので客足が伸びる……
この辺りは300年ほど前の建国時に封じられた小領主が多い。都に比較的近いため、農産物で十分な収益をあげていた。
先々代(流星王の祖父)のとき、千湖地方が開発され功臣が大中領主として封じられ街道が整備された。
この頃から穀物などは千湖地方から出荷されるようになり、この辺りでは野菜や果物の生産に移行した。そして条件が合い先見の明のあるものは温泉事業に乗り出した。もっとも施設や脇街道に多額の先行投資が必要だったため、少数だった。
街道を再整備し、馬街道を企画した時、宰相殿は低利の貸し出しを実施し、温泉施設の開発を勧めた。街道が整備され輸送法も進歩したため商品作物も千湖地方から出荷できることが可能になったためだ。
救済のみでなく経済的発展も狙った策で全体で見れば成功している。
しかし、全てに乗り遅れた領主は領地を抵当に入れる事態になっていると聞く。
そいいう不満分子もカルタエの策謀を招く原因なのだろう。
まあ、俺には関係ないことだけどね。
宿の者に勧められた一番近い温泉街はユウバといい。俺の脚なら昼過ぎにはつくと言われた。領主はモン家で領地は20平方キロでこの辺りでも小さめだが、裕福と聞いている。
二時間ほど経ち、お茶にでもしようと歩いていると、少し先の涼し気な木陰で二人の人物が休んでいた。
一人は中年の男、持ち物からすると渡りの研ぎ師のようだ。
底の厚いしっかりしたソートブーツと似合わない細身のパンツは落ち葉や雑草の種がくっついていた。
もう一人は若い吟遊詩人、素晴らしい変装で男にしか見えないのに、念押しのためか光操作をしてしまい。俺には筒抜け。多少くたびれてはいるが、良い生地の服と値の張りそうなブーツ、使い込まれたリュートも良い品だ。
会釈をし少し離れた石に腰かけようとすると詩人が声をかけてきた。
「詩(うた)を糧に変え諸国を巡っているゲールと申します」
訳ありそうな奴と関わりになりたくない……けどなあ。
「ノア、この先の温泉を目指しています」
しかたがないので、彼らの近くに腰を下ろした。
邪魔なので剣は外している。
ゲールは護身用のショートソードを脇に置き、もう一人は大きな山刀を差したまま座っている。
「この先に関所ができたそうですよ」
「事件でもあったのですか」
「いえ、聞いていません。しかい、マーシムさんのお話では高額の関銭が必要だそうです」
マーシムというのが研ぎ師道具を携えた男だ。手を見る限り、少なくとも研ぎ師ではない。
「関銭は禁止されているのでは?」
「ふん。心付けまでは禁止できねえさ。なんせ感謝の気持ちだからな」
賄賂は、あり得るが多くの領主は湯治客の懐を当てにしており、手前で追い返すような愚かな行為はしないだろう。
「へー、兵はおおいのか?」
「おうよ。常時十名はいるぜ。王都の巡邏隊だぞ」
巡邏隊は、王都内を守る警備隊の街道版で、平民のみで構成されており、警察、消防、小規模の治安維持活動を受け持つ。
王都の貧しい子どもたちの憧れの職業であり、おまけに宰相殿は金払いが良いものの、不正には厳罰で応じる。
マーシムさんの言うことには嘘が含まれている……それとも全て嘘?
「私も見てきましたが、川と崖に挟まれた隘路に作ってあるので抜けるのは難しそうです」
なるほど少なくとも関所はあるようだ。しかし宿のものは何も言っていなかったから最近できた可能性が高く、それならカルタエ対策だろう。
「おまえ、冒険者だろう」
マーシムの言葉にゲールは少し顔をしかめた。
自称冒険者は定住しないものの内、はっきりした職を持たないものの自称だ。
渡世人、博徒、流れ者、無宿人、旅人(たびにん)様々な呼ばれ方をしており、中には賞金首もいる。関があれば彼らは避けて行くしかなかった。
「そう見えても仕方がないが、浪人さ」
元軍人は退役軍人なのだが、若いあいだは浪人と呼ばれることが多い。再就職を考えているものも多い。軍に復帰が無理なものでも、腕さえあれば傭兵や商人の警備職、客商売の用心棒として食っていける。
「えらく若い浪人もあったものだ」
「余計なお世話だ。温泉宿に止まるくらいの金はあるさ」
「お大尽様か、羨ましいぜ。ゲールそろそろ行こうぜ」
「え、ええ」
「山越えならやめておけ」
「文句あるってのか」
「お前は行けばいい」
「なんだと!」
「だってほら、山歩き用の服装で、おまけにずいぶん慣れているようじゃないか」
ゲールは言われて気づいたようで立ち上がり剣を差す。
「高い賄賂は困るんだろう。ゲール」
「それは……」
乗りかかった船だ。浮き輪くらいは投げてやるさ。
「賭けをしようぜ、ゲール」
「賭けですか。ノアさんと僕で?」
「ああ、賄賂を吹っかけられたら俺が払う。無料なら……」
「む、無料なら?」
そんなにビクつかなくてもさあ。
「曲を作ってくれ」
「一曲って……」
まあメランサーガのように100時間以上かかる曲もある。
「十分以上なら好きなところで終わっていいよ」
一年前軍を辞めていった三人の、いや四人の友のことを思い出して付け加えた。
「題材は提供する」
「はい」
「交渉成立だな」
「勝手にしろ。俺は知らんぞ」
マーシムさんは小走りに退場した。
「関所まではどのくらいだ」
「1kmていどかと」
「走るぞ。楽器を持とうか」
歩いていたら、不意打ちをしようと仲間とともに必死で回り込んでいるマーシムさんと鉢合わせだ。
「え、ええ。楽器は自分で」
「荷をよこせ」
「は、はい」
素直に渡すゲールは、これまでの旅路で大丈夫だったんだろうか。
ゲールの足は速かった。上手に魔力を使っているので背中の楽器もさほど揺れていない。
三分ほどで関所につき、しばらくすると遠くで罵声が聞こえた。
聞き覚えのある声だね。
それまで暇そうにしていた関の兵は礼儀正しく接してくれた。
怠けていたわけではなく、通行客がいなかったのだろう。
結構人気の温泉街へ続く道なのだけどな。
「通行手形、履歴、または身分証があれば提示をお願いします」
退役の印がついた認識票を渡す。
兵士はあわてて名簿と照らし合わせている。
知らない間に指名手配されたんじゃないよね。
「デュマス殿ですね」
「本人だよ」
「おい、開けろ。デュマス様と一名、指定名簿の方だ」
大変丁寧に通してもらったのに甘えてたずねてみた。
「街道の通行が少ないようですが」
「お聞きではありませんか、少し先にあるマモラ家は財政危機に陥り領内の治安が悪化しています。ユウバは人気の温泉ですがみなさん迂回していくのです。宿場の観光案内でお聞きに慣れば情報があるはずなのですが」
マモラ家の領地は街道沿いでは徒歩一時間もない距離と説明を受けた。
相棒にも聞いてみるかな。
「俺はこのまま行こうと思う」
「かまいません。ご一緒させていただけるなら」
兵士たちに挨拶して、温泉めざして出発だ!
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