(3)
「ノア、この人だれ?」
軍にいる頃は何度か会っているのだけれど、毎回姿が違うからなあ。
「宰相閣下の弟子の一人」
「カトリです。よろしく」
名乗ってくれて助かった。
「ミィよ」
「悪い。詳しい話はあとだ」
「指示をお願いします。ルネ様」
ミィが睨んでる。トラブル必至かな。
でも、先に、
「山の四人をたのむ」
ミマは、
「殺……?」
微妙な沈黙はなんだよ。
殺すかどうかじゃなさそうだ。
ミマはみな戦闘に長けている。三人目は戦時の情報収集が得意なはずだ。俺にはできない行為も。
「相手も覚悟してきたさ……必要なら一人情報用に確保してくれ。宰相閣下に必要かもしれん。連れてくるなよ」
「了解」
「えーっとっとと?」
もう消えた。
「ノア」
「?」
「やっつける!」
誰を……恐いよ、ミィ。気合が半端ない。
「負けないわ!」
俺が対象じゃなさそうで一安心だね。
「いったん街道から離れ、迂回して後ろの徒歩の敵をつぶす。遠距離攻撃を得意とする魔法使いだろう。先に行って偵察を。心配するな俺もお前の半分のスピードはだせるようになった」
「すごい!」
いやいや、あなたの十二年前程度ですよ。
「行け」
「ノアも気をつけて」
ミィは消えた。
半分と口では言ったが、もう少しいける自信はあった。
魔力の流れがわかるので効率よく練習ができるから。
結果はまあ、半分だった。
追いつくと敵は停止しており、ミィは30mほど離れて気配を消している。
ただ、戦闘に備え魔力を纏っているので、お見通しだ。
魔力を纏ったミィはトラのきぐるみを着たように俺には見えるのでとても可愛い。
指サインで指示を出す。
『武器はナイフ』
魔法を使用するほうが早いものの、あとが汚い。
肉片や血が飛び散るし、臭いもひどい。
『カトリ成功後開始、俺は向かって右からミィは左。同時に開始二人倒す』
サインだと一瞬だ。
改めて敵を観察する。
一人は女だ。魔力に男女で大きな差はないから不思議ではない。
四人は横隊で起立しており既に魔力は練り終わっている。中央に浮かぶ5cmほどの連絡球からの合図を待っているようだ。
我が国の魔導師ではない。
魔導師は同じ教育を受け、同じ訓練をするので魔力の渦の癖も似る。
それに護衛もなく全員で練るなんて……我が国の魔導師なら絶対しない。
練っておけは楽に大魔法を使えるけど、完全に無防備なのだ……
しかし見覚えのない魔力渦だな。ロターやコンラトでもない。
山の方で一瞬巨大な魔力の渦が起こり消えた。
肝が冷えるほどの濃度だ。
怖すぎます。ミマさま。
指を前に出して、
『Ⅲ Ⅱ Ⅰ』
飛び出す。
あれ? ミィさん、なぜ先に、約束は同時ですよ。
俺が一人目を倒した時、同時にミィが二人目をやっつけて、最後は同時に残り一人を。
四人を倒すのはすぐ終わり、連絡級の魔石を抜き不活化した。
これで騎兵は支援部隊の異変に気づいてしまう。しかし、支援部隊を失い、俺たち二人に応援がいることにもおそらく気づいたから、慎重になるだろう。それなら撤退の可能性もある。
戦うか否かはミマと相談する必要があった。
死体を街道から見えない所まで移動させ、持ち物を調べる。
衣服も持ち物も国内産ばかり、荷物の中にあった衣装を見ると大道芸人として旅をしたようだ。
男三人は終わり、女はミィさまの担当で、俺は後ろで見ていた。
持ち物を並べ、服を丁寧に脱がせ拡げてから、遺体を調べる。
財布の中身も王国のものだけで、やはり出身国を特定できるものはない。
衣服に視線をもどして、外套、上着、短パン、下着……
おや、これは南方の……
ミィの手で四人分の毛布が宙を舞い全てが覆われた。
男三人が全裸放置なのは哀れである。
騎馬が同じ位置に留まっているようなので、俺達は、ミマ(カトリ)を待つ。
死体の処理をしないのはミマが宰相へ報告するのに必要かと考えたから。ミマなら俺達の気づかぬことを見ぬくかもしれない。
待つというほどの時間はかからずミマが到着した。
「山の四人はもういない。騎馬は最初と同じ位置で待機していた。進行方向に伏せていたスパイは消した」
「あ、ありがとう」
ミマ、おそろしい子。
ミマは動きのない騎馬に監視用の召喚鳥をつけて、簡単に報告すると言った。
「誰に?」
「ネモ様、報告に追加点があったらお願いする」
「ほいほい」
と、安請け合いした俺はバカだった。
四つの死体を一瞬で消し去り、ミマは取り出した連絡球を起動した。 驚いたことにそれは直径20cmほどになり、総天然色立体画像と表示される。音声だけでも1分間で金貨が必要なのに……
浮かび上がった空間に俺も見たことのある執務机に向かっていた宰相殿が映り、すぐ顔を上げた。
「デュマスくんもそこに? まず、報告を」
映像は少しづつ大きくやがて実物大になった。
まるで目の前に宰相の執務室があるようだ。
宰相の眼光は相変わらず鋭く、一瞥で全てを把握される気がした。
ミマは馬街道入口の看板のことから順を追って、しかし手際よく説明していく。
山の上で偵察しようとしていた四人は王国の住人で他国に情報を売る団体のメンバーで、ミマによりその全貌が解明されていた。
俺とミィの相手については、魔法使いなので一気に殲滅したため情報は少ないと、そして残った騎馬の四人について指示を求める。
「追跡装置を使いなさい」
「ランクはどういたしましょう」
「トリプルAで」
「承知いたしました。さっそく」
ミマは俺とミィに会釈すると消えた。
この高価そうな連絡球はどうするのかな。
「デュマスくん」
「はい、閣下」
「君の見立てはどうかね。倒した四人の」
魔力の展開方から王国のものでも東方諸国のものでもないことを話す。
「わからぬか」
「いえ、推測ならできます」
「どうして言わぬ」
「閣下の判断で他国との戦争になる可能性もある以上、推測を述べるのは躊躇してしまいます」
宰相殿のためらいは一瞬で、
「分かった。情報の一つとして心に留めるだけにする」
さすがに王国を実際に動かしている人物に隠すわけにはいかない。
「おそらくですが南方の諜報員かと」
「するとトーイか」
千湖地方の南には山岳が連なり、山岳民族の国トーイがあり、山を越えるとカルタエ国、途中で右に折れ南西に進むとポルチャ国がある。
「カルタエです」
「なぜだ」
「情報源は秘密ではだめでしょうか」
宰相殿は俺を見据えている。まいったなあ。
「そういえば、後ろにいるのはキースカ元少尉だな」
「は、はい。ご無沙汰しております」
覚えて見えたことにびっくりだよ。
「少し離れてくれたまえ。デュマス君に国家の機密を伝えねばならない」
「かしこまりました」
ミィは連絡球から離れて警戒態勢にはいる。
「デュマス君、根拠を話して欲しい。必ず秘密は守る。それに私は至って気前のいい雇い主と評判の男だぞ」
しかたないかなあ。
「下着です」
「なんだと?」
やむを得ず、南方の女性の下着の素材やデザインが独特なこと、そして三国でも差があることを話す。
笑わず聞いてくれたのが救いだ。
「妙な知識……いや失礼」
呆れるほど頭に切れる宰相殿に勝ったとはいえ、女性の下着の薀蓄じゃあ自慢できないな。
「なんでも知りたがるのは悪い癖で」
「いやいや、大いに助かったよ……むぅ?」
「どうされました」
「あとから聞いたのだが、二年前内乱の時、君はコンラト国とロター国が侵入してこない方に賭けてずいぶん勝ったと聞いている」
そんなことまで調べて覚えているって、俺の下着並みじゃない?
「不謹慎でしたね。申し訳ありません」
「それにも根拠はあるのかね」
「下着じゃありませんよ」
「あるのか!」
「芋です」
「いも?」
「東方でよく食べられているカルフ芋の値段で……」
宰相に問われるまま当時の芋の収穫量、値段の変化と価格予想、それらを10年前の三国戦争と比較し推測したことを説明した。
「まあ元部下が農産物も扱う食料品問屋をやってますから」
「もっと早く聞いておくべきだった」
宰相殿も次は賭けに乗る気かな。
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