(2)


 門では旅行目的を避寒と観光で押し通したけれど、特に問題なく通過できた。が、予想より、もたついた気もする。

 10人ほどの警備兵はミィを見たり、俺の退役刻印付きの認識票を何人かで何度も確認していた。


 商人たちに対してと同じくらい確認に時間をかけている。

 ミィは商人として有名だとカルから聞いているし、ラカノン・クライン商会は大商人に目をつけられているそうだ。

 門兵たちに鼻薬を嗅がせて動きを探るくらいのことはするだろう。


 通過後はしばらく本街道を進む。

 石畳で幅8m,中央は馬車がすれ違える車道、両脇に歩道があり排水まで考えられていた。

 また、10km程度の間隔で宿場が設けられている。

 女子供の脚を考えれば妥当なところだ。 

 王都とソーチの間には33の宿場があり本街道を歩けば約340km、直線距離で260kmだ。


 今の国王になってから作られた馬街道は軍用道路で、馬車の走る本街道が傾斜を避けるため、トンネルが掘れないところは山裾を迂回しているのに対し、直線的作られていた。

 またカーブには早馬用のバンクが追加されている。


 平時は歩行者も通行できる。

 幅は騎馬ですれ違いながら、歩行者をさける余裕があった。



 二時間ほど歩いたところに分岐があり、俺達は馬街道にはいった。

 追い風なので足取りは軽い。

 夕方には二番宿場につく予定だ。


 話題も最近のものに移っている。

「昨年、トルブレ様がお辞めになったときは本当に驚きました」


 ミィはたいてい普通に会話をする。店で店員たちに話すときは、昨日少し見ただけだけど、少尉として部下に指示を出していた頃とそっくりだった。

 ふざけた口調は俺とカルにしかしないのだ。ミィの過酷な人生で俺たち二人は家族枠なのだろう。

 カルは父親かな、俺は兄貴? は、はは、ははは……この話は止しにしよう。


「内乱終結後、ご加増していただいていたし、四海波静かとなれば近衛軍の士官とて売官の対象になるのさ」

「トルブレ様が売官?」

「嫌ってはみえたさ。しかし、断れば何らかのスキャンダルを起こされたと思うな」

「そうとしても、後任がたノ、ニアじゃないのは変。ノアだ!」

 ほんの少し迷ったけれど説明することにした。

 俺の半分はカルに、残りはミィに属している。カルは家計から経済へ、ミィは軍事だったけど、軍事は政治の延長線にある。

 ラカノン・クライン商会が大商人に目をつけられているなら、知っておく必要があった。


「それは宰相閣下のお考えなのだ」

「蛇?」

「そうだな。宰相閣下は、蛇、梟、狐とはよく言われているな。どういう意味だと思う」

「昔、たぃ……あぁ……ノアから聞いたのは、『蛇』死と再生、医療、踏むと危険、『梟』知恵、害獣駆除、『狐』狡猾、トリックスター」

「好かれていないかもしれないけど、馬鹿じゃない」

「それは、知っている」

「トルブレ様は優秀な軍人で伝統的な貴族だった。だから宰相閣下の方針とは一致しないことがある。二年前の内乱のときも気持ちは反乱軍側にあった」

「でも」

「そう、俺とともに戦った。それは反乱軍がやってはいけないことをしたためだ」 

「よくわからない」

「反乱で近衛騎兵隊、特に黒騎士隊は大手柄を立てた」

「それは、ノアが強いから」


 それもあるけどね。


「あのとき国軍の主力は東の国境にいた。反乱軍は東方のコンラトとロターと通じていたんだ。しかし、それは宰相閣下の罠。侵入していれば今頃、国はなかったろうな」

「難しい」

「宰相閣下としては次善の結果だったわけ。東の国境はそのままで、仮想、じゃないな。敵国が生き残ったからね」

「じゃあ、これから戦争に?」

「いや、今の王国の戦力に恐れをなしているさ」


 特に黒騎士隊の魔砲。威力は周知されたが、極秘のままだ。


「ミィはちょっと安心した」

「東の国境の戦は起きなかったので相対的に近衛騎兵隊の武勲は超絶巨大なものになり、目立ちすぎた。隊長職は大貴族も垂涎の職になったというわけさ。そして俺、副隊長で黒騎士隊を率いる立場の俺も同じ立場になった」

 トルブレ様と同時に多くの古参が、俺の友人も含め、やめて新人ばかりになったので一年間居座ることになった。しかし、本来ならすぐに辞めている。


「わかった。方針のことは?」

「宰相殿は王権の強化を目指してみえるんだけど。後はまた明日かな。後ろから誰か来る」


 俺の言葉にミィは振り返った。

「索敵完了、街道上、騎馬4,2.5km。走者軽装8名、3km。東、山稜4名……停止した。全て高い殺気」

 

まずいな。これは商敵に雇われた手合じゃなさそうだ。

ミィの索敵範囲は広い。なのに集中するまで気づかなかった。

俺が気づいたのは踏みつけると魔力の渦が舞い上がる罠をまいて来たからで、勢いからすると馬蹄にかけられたようだ。魔力感知に長(た)けた俺専用のセンサーだ。


相手は敵国か、敵国と結んだ貴族か、手の内を探りに来た可能性が高い。おそらく魔砲狙いだ。ちびっ子と女性対騎兵では新兵器を使わざるを得ないとでも考えたのかな……


魔砲なしの砲もどきでも勝てるのだが、それを魔砲と報告されるのも困る。常識を越えた破壊力だからこそ、魔砲は抑止力になるのだ。


勝利条件は、

1)相手に何も見せずに俺たちが撤退

2)相手の完全消滅。

3)分析官、稜線の四人とおそらくまだ潜んでいるであろう相手に魔砲の情報を与えず威力だけ見せつけ撃退する。


 2は難しい。3とも絡むが、ここで襲撃する予定なら戦闘員だけでなく観測兵も隠れている可能性が高い。


 ミィの索敵能力は静止しているものには働きにくい。嗅覚が使えれば多少違うが、今は進行方向に追い風である。

 殺気探知もあるが、今の有利に見える状況で観測兵の心は平静なはずだし、魔力も隠蔽しているだろう。


となると、1が良いな。


「ミィ、超加速で撤退せよ」

「は、はい! えーっと、ノアは」

 俺は肉眼で見えないほど早くは動けない。

「最近、光操作を覚えてな。姿を消せるんだ」

 多分使えるが、失敗すると分析されやすい。ミマに悪いしなあ。

 いや、いや、成功しても姿を消す技を持つとバレる方がまずいかも。


 山ごとふっとばそうと俺は決心した。

 本街道からは離れているし、意外にも馬街道に人は……

 くそ!

 分岐に通行止めの看板が立っていることに銅貨1枚かけてもいいぞ。


 でも宰相殿に怒られるだろうなあ。ご自慢の馬街道がずたずたになる。


「ノア!」

「あれ? 超加速するんだ、ミィ」

「いや」

「おいおい」

「ノアは隊長殿ではなくノア。命令ではないはず」

 正解。ここで気づかなくても良いのに。


「それに、ノアは隊長殿が悪巧みをしている時の顔をしていた」


 隊長殿とか言う間抜けに表情を変え過ぎだと一言忠告したい。

 そいつにポーカーは無理だな。流星王に丸裸にされるに違いない。


 さて、そうなると完全勝利は難しい。

 通常兵器(魔砲なし)で見える敵のみを殲滅だな。

 多勢に無勢だけど不可能じゃない。

 が、無傷とはいかないだろう。ミィは殺しには向かないしなぁ……

 あまり時間はないぞ。蹄が近い。

 

 ミィに指示を出そうとした時、

「いるのか」

 ミマが現れた。味方になってくれそうな顔をしている。

「はい、ここに。お手伝いいたしましょう」

「おう」


 今日のミマは三人目だ。

 いつもと違って俺より背が高い。ああ、ミィと同じってわけか……なんの意味があるんだよ。


「助かる。しかし、どうしてここに。つけていたわけじゃないだろう」

「馬街道の入口に通行止めの看板が。毎早朝に行われる街道チェックでは異常の報告はなかったので」

「宰相閣下の緻密さに乾杯」

 それに、

「銅貨一枚だ」

「えっ?」

 戸惑いながら銅貨を差し出したミマは少しかわいい。

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