(6)

  

 その日の夕食は少し離れた住宅街のカルの家で、ご家族とご一緒した。

 奥さまのポーラのご厚意でミィも同席する。


 ポーラは細身で二年前と少しも変わらず美人、カルには釣り合わない。体重的にも。

 子は二人、五才の女児ジニーと四才児のカイル。

 二人ともお行儀よく可愛らしい。


 食べ終わると子供たちとポーラは下がった。


 昔話に興じながらワインの栓を抜いた。

 少し酒がまわったころあいになると、カルはしきりに顎をなでている。


 俺だってカルの癖の一つや二つ心得ているんだ。

「なにか質問がありそうだな」

「はい! ミィも」

「子どもたちも下がりましたし、少し立ち入ったことをお尋ねしても?」

「構わんさ。ミィの持ってきてくれた残飯を三人で分けて食ったのは、わずか14年前のことだぞ」

「ミィは役に立つ」


「それで……旦那様、食事の時のお話では旅に出ると?」

「冬になると古傷が痛む。暖かい地方へ行くつもりだ」

「はい!」

「何だ、ミィ」

 怒ってはいけない。ミィは相手をしてほしいだけなんだ。

「隊長殿の体のどこに傷かあるのかとミィは問います」

「この二年間のことは知らないだろう」

「この二年間、隊長殿を煩わすような戦闘はありませんでした」

「言葉の綾だよ」

「えーっと、ミィは抗議します」


「それより、カル?」 

「旅に出る旦那様に出資させていただきたい」

「変じゃん、休暇だよ」

とミィの援護。

「しかも14年ぶりだな」

「旦那様は前線では王国一、いや大陸一の強さです。後方の指揮官としてもおそらく一流」

 宰相殿の方がヤバいぞ。


「誉められて、嫌な気はしないけどさ。俺に出資の意味がわからない」


「辞めたついでに休暇をというお考えに嘘偽りがないと私は」

「ミィも」

「よく存じております」

「うん」

「しかし元黒騎士隊長が来ていることに気づく者がいれば波紋を投じることになりましょう」


「名刺を配って歩く訳じゃない」


 気づかれないだろう。制服を来ていくわけじゃないし。

 来年の子供の日には六人の黒騎士隊隊長が出現するけどさ。


「では、国王さまや宰相さまに、あくまでも仮定でございますが、良からぬことを考えているやからにとっては、どうでしょう」

 自分の旅姿を思い浮かべた。

「隠密行動をとるわけじゃないが、誰かが俺に気づいて行動を起こすとは思えないな。気づかれるわけがない」


 小さいからじゃないぞ!


「では、旅費が浮くと軽くお考えください」

「確かに助かる」


 このまま王都で暮らすなら一日金貨十枚は必要……


「それでよろしいでは、ありませんか」

「何をすべきかが分からない」


「旦那さまが旅行すれば初めて見るものもあるでしょう」

「そうだな。南方へは行ったことがない。至って平和で安定していた地域だったからな」

「見れば将来の予想を立てたり、現地の政情を分析されるでしょう」

「確かに」


 情報収集は本能のようなものかもしれない。

 そのおかげでいざというとき助けられたことも多い。


「情報は金と同義です。二年前の内戦で私は確信したのです」

「では、気づいたことを手紙にでも書けば良いのかな」

「とりあえず、そういう約束で結構でございます。でも平穏に済むとは思えませんな」


「なにを言っている。休暇だぞ」

「こんなことで嘘や冗談を言う方ではないと、私もミィもよく知っています。先ほども申しましたが、国王様や宰相様と親しく話をする人物が軍を辞めて南方へ行くと言うのは、知らぬ人には何かあるのではと疑いを起こさせるには十分と思います」

「なんとなく言いたいことは分かった。だが商売にはならんだろう」

「食品問屋の親父が内戦で富を得たのですよ。旅費など些細な金額です。試させてください」


 どうやらカルは内乱再発でのボロ儲けを夢見ているようだ。


「では、ありがたく受けよう。くどいが結果は知らんぞ」

「結構でございます。経費は私持ちで出資は1/3づつ、利益はミィが二割で後は折半でどうです」


「ミィ少ないじゃん」

「私は経費、旦那様は実際に仕事を」

「ミィも行く」

 いやいや、まずいでしょう。

「ちょっと待て」

「行く行く行く行く行く行く行く行く……」

「もう止まりませんな」

 くそ、何なんだ。いったい。

「行く行く行く行く行く行く行く行く……」

「店の方はどうなんだ」

「これでは、おそらく」

「行く行く行く行く行く行く行く行く……」

 まあ、置いて行ったも使い物にならなさそうだよな。



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