(5)



 魔法使いギルドでの本来の予定はテッサ(旧名エリカ)と別れた後、滞りなく10分ほどで終えた。

 疲れたぞ。ほとんどはテッサのせいだ。


 気を取り直して問屋街に向かった。

 知り合いの家で一泊してから出発しよう。

 王都で数日ブラブラしようかと思っていたのだが、長居すると今王都にいるはずの公爵殿下に呼び出されそうな気がする。

 親ばか公爵はテッサの言いなりになる可能性がある。

 その権威と政治力経済力は、今の無職の俺には巨大すぎた。


 

 訪れたのは食品問屋のラカノン・クライン商会、主人のカル、カルバン・ラカノンとは古い知り合いになる。

 

 俺が都に出てきた14年前、カルは俺と知り合い従者になった。

 貧乏士族のガキだったが従者なしでは仕官もままならない。

 最初の二年、僅かな収入も必ず半分渡す誠意しか彼には与えられなかった。


 その後はまともな給金になり、俺とともに戦場を駆け回ることになる。

 6年前、彼が手柄を立て報奨金を受け取ったとき俺が退役を勧めた。


 その頃になると火力と機動力をほこる黒騎士隊の勇名は轟いており、敵から狙われることが多くなっていた。

 ごく平凡な魔力しか持たず魔力炉を使う技術もないカルたち一般兵の同行は危険な上、隊の機動力を削ぐ可能性も出てきたのだ。


 カルは軍籍を離れてでも俺の従者として残ろうかと迷っていた。

 最後には貧乏士族、俺のことを助けてほしいという願いを快諾してくれのだ。

 そして、当時の貯金全て財布の中身まで、当初の資本金としてカルに託した。


 店名のクラインは俺のセカンドネーム、フルだとルネ・クライン・ノアル・デュマスになる。


 暖簾をくぐり、中に入るとすごい活気だ。何か所か支店を出したと聞いている。景気は良さそうだ。俺の資産も丸々と太っていてくれたら万々歳なのだが。


 忙しさにかまけて二年ぶりになるので見知らぬ顔も多い。


「隊長殿!」

 やっと顔見知りが気づいてくれた。

「久しぶりになるな、ミィ」

 金色の大きな目がいつもより大きく見える。

「743日ぶりですよ」

 なんと!

「悪かった。本当に忙しくてな」

 話しながらミィは接客室に案内してくれた。

「ここは特上だな」

「はい」

「キッチンの隅で十分なんだが」

 いろいろ食べ物を摘めるので好きなんだ。

「なに言ってるんですか。内乱で王都を救った英雄なんですよ」

「しかしなぁ」

 俺は辞したことを説明した。

「だから今は無職ってわけさ」

「無職って……大丈夫なんですか」

「贅沢は無理かもしれないけど年金もあるし、カルに預けた資産もさ。店は景気良さそうだし……」

 まさか見掛け倒しで資産が溶けたのか、俺の。

「隊長殿!」

「は、はい」

「国王様や宰相様は、大丈夫なんですか」

「先週あったときは顔色は悪くなかったぞ」

「二年前、隊長殿の活躍がなければ今頃お二人は荒野で自分の首を探していたはずです」


 いやいや、少なくとも宰相殿はどこかの大司教にでもなって、お祈りを捧げているさ。


「なあ、ミィ」

「はい」

「カルを呼んでくれないか」

「あっ、あ、はい!」


 ミィの姿が消える。

 転移や光操作ではなく、純粋に加速で消えたように見える。

 魔力の流れは残るのでわかる者は動きを感じ取れた。


 ミィの動きは、魔力操作で可能になる。

 ただし本来ヒトには難しい操作だ。

 ヒトは少ない魔力のためなのか細かく操作するのは比較的得意だ。

 しかし魔力が魔物のように身についているわけではないから、魔力をまとって自然な動きをするのは困難になる。


 筋力を上げた状態で訓練を受ければ、ある程度の動きはできる。

 しかし、優れた物でも40%アップが限界だ。


 ミィの動きは猫魔人の魔力使いを俺とともに研究し、それをトレースすることで実現した。

 ミィとはカルと同時期に会った。孤児のミィは食堂の下仕事をしながら二年間俺のもとに通い技術を身につけた。

 三人で入隊してからの活躍は初期では俺を凌ぐほどだ。

 その恐ろしい戦闘力は六年前の戦でも遺憾なく発揮された。

 しかし戦後黒騎士隊に一般兵の席がなくなったとき、歩兵連隊への勧誘を断りあっさりとラカノン・クライン商会に移った。


 廊下に大きな足音が聞こえドアが勢いよく開いた。

「旦那様!」

「カル?」

 そこには大きくなりすぎて(横に)ドアいっぱいのカルヴァンが立っていた。

「まあ、入れ。君の家だが」

「はい」

 勇ましい敬礼も今の姿では少し、いやだいぶ滑稽だ。

 なんというか、『体は砂糖でできている』だな。


 ミィが茶を淹れ始めたので香りがただよう。

「久しぶりだな。二年ぶり、743日だっけ?」

「私とは736日でございます」

「ミィより短いわ!」

 脱線しそうなので先に確認しておこう。

「ところでいきなりだが、資産運用はどうなっている」

「もちろん、きちんと頭にも入っておりますよ。この一年は+5%ですな。それと魔力冷蔵箱のパテント料も順調に増加しております」

「ねるほど」

 まあ、堅実第一だろう。元金が保証されているわけじゃなし。

「ミィより……」

「内戦直前のご指示で行った投資は10年の期限ですので除いて、6年前お預かりした金貨268枚は25600枚になりました」

 俺って金持ちになったのか。

「100倍近いな」

「内戦のおりのご指示がもう」

 笑顔が破裂しそうだ。

「さっきの投資は運送業のことだろう。未だ結果は」

「他にもございましたよ」

「冷蔵箱だな」

「それはこれから伸びると思われます」

「えーっと」

「ほら、あれでございます。食品の」

「レーションやその他の保存食の話だったかな」

「食品問屋の私めにはありがたい情報で、しかも内戦の見通しまで」

「予測はしたが、外れたらどうする気だった」

「一蓮托生」

 おいおい。

「ご自分ではおわかりにならないかもですが」

「なにをだ」

「旦那さまの目に光が見えますので」

「いや、猫じゃないんだし」

「ミィも光る」

「その時の予想は外れたことがないのです」

 まあ、終わったことだ。これからはカルに軽々しく予想を話すのはやめよう。彼にはもう家族がいるんだし。

  


 

  

 


つづく

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