(4)
俺は魔法使いギルドと商人ギルド両方のメンバーになっている。どちらも国際組織だ。
陛下や宰相殿の知己を得たとき、最悪の時の備えとして加入した。政治は戦争より恐ろしいからな。もっとも会費は少々痛い。
これは特殊な考えではない。陛下には隠し通路くらいしかないけれど、宰相殿はやはり国際組織の教会で司教様に就任されていた。非常時の亡命は思うがままなんだろう。
魔法使いギルドに向かう途中で退役軍人事務所に寄り道した。
隊長の嫌がらせを嫌い後回しにしていたのだけれど、退役が宰相殿の耳に入った以上、障害は消えているはずだ。
ほぼ黙ってサインするだけで年金の手続きを終えた。
認識票に退役の刻印を押されてしまうが、旅先での身分証として使えるので便利だ。
魔法使いギルドの黒い建物は、地下部分も含めると立方体でキューブと呼ばれている。
王都のキューブは中型で一辺300mある。
内部には魔法の研究機関、教育機関、訓練所があり、魔法関係の物品販売所などもあるので魔法を使うにあたって必要なものは全て揃う。金があれば。
そしてこの国で二番目に高出力の魔力炉がある。
最大のものは国防総省(ヘキサゴン)の地下深くに存在した。
ヘキサゴン(六角形)は魔法の六要素、黒白と四元素(火空気水土)を表している。
ヒトが直接あつかえる魔力量は魔物に比べれば圧倒的に少ない。
魔物は魔力で生きているからだ。
魔木は光合成ではなく、大地と大気の魔素を集め育ち実をなし、草食魔獣が葉や実を食べ、それを肉食魔獣が食べるという食物連鎖。
ヒトは魔木の実や果実、それに魔獣の核(魔石、魔結晶)を直接食べることはできない。
もちろん、それらに蓄えられた魔力を自身の魔力で誘導して使う事はできる。しかし、うかつに扱えば精神汚染を受けるので繊細な技術が必要だ。
そしていくつか制限はあるものの魔力炉から直接供給を受ければ魔獣なみの魔力を面倒なく使うことが可能だ。
退役したので国の炉を使うことができなくなり、新規契約をしようというわけさ。
総合案内は美形の女性型ゴーレム、愛想は良いけど首が痛いぞ。そんなに高身長の必要があるのかよ。
「床の青破線に沿って進んでいただいて、R2のプレートで右に進んでD2を左にお願いします」
「どうも」
「お気をつけて」
と言われて少し歩いたところで後ろからトラブル襲来。
「黒ちゃん、来たわね」
くっそー! 知らぬふりをして通り過ぎようとしたのだが。
呼びかけてきた女は、魔導軍第二魔導大隊隊長エリカ・テッセン、階級は同じだったが、まだ二十歳そこそこのはずだ。
(王国の軍制では魔法系の部隊は小隊12名、中隊3個小隊、大隊4個中隊、大隊長は少佐待遇)
魔導師は別格と思われているが、ただの国家資格なので魔法使いのくくりに含まれる。本人たちはプライドのためか、ここを訪れるのはまれだ。しかし入場を禁止されているわけではない。
彼女の実力は本物だが実戦経験はない。
それなのに若くして指揮官に収まっている理由は、その家柄にある。
アルルカ公爵令嬢アヌマ子爵エリカ・テッセン・アルヌール……まだ続くはずだ……正式な名はこの三倍はあると言ってたっけ。
まあ、ここ一年で大きく成長したのは認める。
胸のことじゃないぞ。そこもデカくなったけどさ。
「ああ」
と応え、左手奥の軽食コーナーを示した。魔法使いギルドには平民相手の店しかないので不満かもしれないが俺が招待したわけではない。
チラリと横を見るとたわわな実をつけた柳腰が三つ見える。さっき首を痛めたので顔は見ない。
金糸銀糸で飾られたマントがエリカ、標準より少し短いロングソートと大きめの護拳付きのショートソードを佩いているのは護衛を兼ねた副官、救急救命器具鞄と緊急通信魔具をベルトに吊るしているのが従者だろう。
都市戦想定なら、まあ及第点かな。
奥のテーブルの壁に向かった椅子を引いてエリカを座らせ(紳士だからな)壁を背にして腰かけた。
座ると目線が合う。脚の長さのさ……この話は止(よ)しにしよう。
あとの二人はエリカの後ろに立って……
これじゃ、お偉いお貴族さまか高官が居るって金や太鼓で知らせるようなものだ。
「こいつらも座らせろ」
「二人とも、ノアルさまの仰せに従いなさい」
二人は左右の席についた。
家名を隠して実力で行きたいエリカは、ミドルネームを使い。
なぜか俺のミドルネーム、ノアル(ノアール)の原義、黒色から黒ちゃんって呼びたいと宣言されていた。
そして、子爵ではなくテッサ(テッセン)と呼んで欲しいと……冗談じゃないぞ。
王家に連なる(当主が王の従兄弟)アルヌール公爵家の御令嬢と世間に知られていない名で呼び合うなんて命知らずにしかできまい。
なるべく顔を合わせないように過ごしてきたので、今のところは黒ちゃんを我慢するだけですんでいた。
端の席だが周りの視線が痛い。
エリカの存在感ゆえだろう。
正体を知らない者でもきらめくオーラを感じるらしい。知らんけど。
「おすすめは何ですか」
と言われても、ワインも紅茶もろくなものはない。
「アルコールならビール、ブルーエールはいける。カフェインは……緑茶かな。ジュース、今なら果汁はポポンが良いな。高い店じゃ飲めない庶民の甘味だ。う~ん、いっそパフェにするか」
少し前、ここに魔力冷蔵箱が導入されて出来たメニューなので貴族には知られていない。
「ところで何のようだ」
「黒ちゃんが解雇されるって聞いたから、以前に宰相さまにおたずねしていたの。そしたら、ここで待ちなさいって今日連絡がきたわ」
以前からって……
「二つ疑問がある」
「あら!」
「なぜ嬉しそうなんだ」
「だって、私に質問なんて」
「まあ、それはどうでもいい」
「えー」
「解雇の話をいつ、誰から聞いた」
「えーっと、一週間前、ルルーメ伯爵夫人のお茶会でだわ」
夫人は社交界で最上級の評価を受けている人物で宰相派と見なされている。
「誰から」
「フノール男爵だわ。ちびっこギャングもお終いだとか言ってた」
「誰」
「ロロ・ド・マルシュールかな、名は」
知ってるぞ。たしか馬術が下手で黒騎士隊の選考に落ちた。
男爵家を継いだのか。
それにしてもちびっこギャングって……古着屋のおっさんには大将でも、男爵様から見ればチンピラってこと?
しかし、何の意味がある。
噂をひろめてどうする?
証拠のない噂、スキャンダルが貴族の面子をつぶすこともある。
俺は軍人だ。しかも今は平時である。収賄か、物資の横流しの証拠でもなければ……
あれかな、魔法収納庫。
魔法収納庫に非常時に備え物資を蓄えておくのは今では常識である。
二年前の内乱は大戦(おおいくさ)になり、黒騎士隊の物資が最終局面で大いに役だったのがきっかけだ。
しかし未だ法制化されず、黙認されているだけだ。
財務省と戦時の混乱で富を得る大商人が反対していた。
大量の予備物資の購入には、予算がかかりすぎ、大量の在庫があれば戦時のボッタクリ価格での商売が不可能になるという浅はかな考えだ。
バッカじゃなかろかルンバ。
まあ、俺の収納庫に多量の物資があれば訴追は可能だろう。
そして司法権を握っているのは高等法院、法服貴族の巣窟だ。
あれ? 俺って詰んでいた?
収納庫は軍の魔力炉のエネルギーを利用しているので、使えなくなる前に整理して空にしてあった。そうでなければヤバかったのか。
「もしもし、黒ちゃん」
「なんだ」
「考えはまとまった?」
「ああ。そういえば俺に何のようだ。テッサ」
なぜ嬉しそうな顔をする。
「無職になったんだよね」
「まあな」
「まず私は大家(たいけ)の御令嬢で、世間知らずなのは認めましょう」
何を言っているんだこの娘は、以前ないしょ話でしたアドバイスをでかい声で。
まあ、言っても分からないか。なんだか嬉しそうだし。
「それで?」
「そんな私でも、無職になった黒ちゃんが貧乏、今までよりさらに貧乏になるということは分かる」
サイデスカ。ゴモットモデスナ。
こいつに貧乏と言われても当然としか思えない。
でもまあ。
「心配してくれてありがとうな」
「うん。それで三つの案を用意したの」
「あん?」
俺はつぶあん派だが。
「聞いて喜んで。黒ちゃんの貧乏脱出計画案!」
もう帰っても良いかな。
頭痛が痛くなってきた気がする。
「手短に三つの案をならべてくれ」
「えー、せっかく考えたのに、手短にって」
「比較しやすいだろ」
「そうか。まずは、魔導大学の教授職」
「却下だ」
「私のカテキョー」
「却下」
「最後に子爵」
「なんだ、それは。それにどういう順番だ」
「収入の低いものから順。子爵はそのまま。子爵領にすぎないけと広大で人口も多いし、黒ちゃんならすぐ収入を倍にできるわ」
なんだよ、広大な子爵領って。
「アヌマのことか。あれはテッサの」
「代官に任せっきりだし、お金は父上からのお小遣いで十分だから。好きにしてもらっていいわ」
「子爵領の代官職ってことか」
「共同統治」
「なんだって?!」
「黒ちゃんが嫌なら私は抜けても良いわよ」
世間知らずと宣言する本人はわかってないが、両脇に無言で控えている二人は、軍に席はおいているが公爵家から派遣された二人には、明白なはずだ。
これでは俺とエリカは婚姻関係を結ぶことになる。身分が違いすぎるから内縁かもしれないけど。
なぜ反対しない。下に4人の弟妹がいるから彼女を世継ぎから外す?
だがエリカは優秀だ。この世代では国防総省随一だと思う。
世間知らずというのは俺のような市井に半身をおいた者からの目線で見ればだ。
もちろん一般兵をも指揮下におく将官になるはずの彼女は、克服する必要があった。そうでなければ一流には、というか国運を賭けた戦には勝てない。
しかし貴族社会と限定すれば彼女は水を得た魚だ。いやシャチだな。
選別が厳しいルルーメ伯爵夫人のお茶会にも呼ばれているのだから。
対抗できるのは同じ世代では王女くらいだろう。
「まあ、待ってくれ」
「子爵で不満ならアヌマをちゃちゃっと伯爵領に」
「ちょ、待てよ。テッサ」
相変わらず嬉しそうだな。
「二年前、陛下の推薦で叙爵の、伯爵だったっけ、連絡を受けて辞退したでしょう」
「確かに」
「まだ有効だって確認したから」
「誰に」
「ネモちゃん――違った、宰相様」
やれやれ、まあ彼女の身分で私的な場なら許されるのか。
しかし俺は身分をわきまえないと、非公式と思ってちょっとうかつだったな。
両隣に証人が二人もいるし、今回のエリカの提案はやばすぎる。知れば公爵殿下も頭を抱えるに違いない。
良いタイミングでワゴンがやってきた。
「パフェです。四種注文したのでウェイトレスにお好きなものを指示してください、子爵殿下」
「えーっ」
突然の不機嫌。女心と……うん?
両脇の二人が懸命に口を同じように動かして……
「テッサ、好きなの選んで」
「はい」
貴族と気づいたウェイトレスの手が震えていたので、チップをはずんだ。
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