(3)


 親父は深々と頭を下げて見送ってくれた。

 それにしても小さい小さいと言われているとは思っていたものの、ちびっこ大将はないだろう。俺は佐官だ。いや、だった。


 気を取り直して次の目的地に向かう。センターにある魔法使いギルドだ。近道だと少し寂しい所を通るが、剣を佩いた者を、しかも金持ちそうには見えない者を襲うとは思えない。


 半ばに差し掛かった時、周辺から突然人の気配が消えた。

 そして路地に一つ気配がでる。知った人物のものだ。


 少し路地に踏み込み声をかける。

「ミマか。久しいな」

「ご無沙汰しておりました。ルネ様」

(ルネは俺の名、署名はルネ・K・N・デュマス。なぜ、俺を名で呼ぶかは不明)


 今日は小太りの修道尼の姿をしている。

 変幻自在の彼女の背が俺より低いのは思いやりで、顔が美しいのは、いつものこだわりだ。

 体型、顔、望めば性別までも自由に変化させる能力者を他には知らない。


 彼女の变化(へんげ)は幻術系ではない。おそらく魔力で肉体自体を変化させている。

 そのためもあってか、これまで俺以外には見破られていないそうだ。知らんけど。


 ミマは宰相殿の懐刀。目であり耳であり、メッセンジャーであり、アサシンでもあった。

 殺気はないので今回も戦う必要は無さそうである。


「いきなりミマ登場って、緊急事態か」

「ある意味。軍を辞められたのですか、ルネ様」

「辞表をだした。出さなくとも、おそらく近々クビになっただろうね」

「ネモ様も、そう仰せでした」

 

 ネモは宰相殿の名である。


 ミマの名は俺がつけた。最初の頃、見破った俺を出し抜こうと用もないのに何度も異なる姿、異なる名前で現れたので、面倒になったのだ。

 ミマって呼べばそれで終わりだからな。


 ただミマが複数いること、少なくとも三人いることに気づいているのは内緒にしている。なお、今日のミマは二人目だ。

 これは極秘事項だろう。ひょっとすると宰相殿も知らぬ可能性があった。君子危うきに近寄らず……


「それで?」

「ルネ様に護衛隊の指揮を任せても良いと仰せです」

「高給は魅力だけど今は休みたいな。それにロックがいるだろう。奴は優秀だし俺よりも護衛隊に適任さ」


 ロック。ロック・ザ・ロック。ロデリック・ザ・ロック・バウアーは以前の同僚、筋肉騎士である。6年前の大戦(おおいくさ)で手柄をあげ俺は昇進し、彼は宰相殿に引き抜かれた。


 護衛隊を指揮する力は十分あるし、要人警護も必要な職なので見た目も大事だ。なにしろ『ザ ロック』だぜ。100人乗っても大丈夫に違いない。

 

「そのように報告させていただきます」

「ああ、頼むよ。ミマ」

 路地から出ようとするとたずねられた。

「王都に住まわれるのですか」

 今朝、下宿を引き払ったのはとっくにご存知のはずだが、言うのも野暮だ。

「落ち着いたら、旅に出ようと思う」

「差し支えなければ、いずこへ」

 彼女に隠すのは無理ゲーだ。

「冬になる前に避寒に南方へ。南部千湖地帯の保養地ソーチに行くつもりだ」

「では、これを」

 差し出されたのは大きな革袋、金貨100枚、50万シルくらいかな。

「いや、もらう筋合いはないだろう」

「ネモ様はただの餞別だと」

 断ってもいつの間にかサドルバックに入っていそうだ。

「ありがとうよ」

「良き旅路を」

 ミマは姿を消した。転移系ではなく、光操作だ。

 俺が手を出すとそっと握り返してくれた。

 悔しそうな顔が見えるようだ。ふふん。


* 1シル=銅貨1枚

 10シル=黄銅貨1枚

100シル=白銅貨1枚 穀物の価格で比較して約1000円

銀10g≒500シル

金貨(14g=500円硬貨二枚、金10g含有)≒銀100g≒5000シル

50万シルは約500万円、金貨なら1.4kg


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