(2)

 愛馬ブリーズとの別れには少しホロッとしたものの、国家の所有物を連れ回すわけにはいくまい。


 サドルバッグを肩に街に出ると、やたら視線を集める。

 徽章などを外しても黒騎士隊の制服は有名だし、着ているのが小さ……えいっ! 畜生め!


 急遽、地味な服を見繕うべく庶民の多い王都南西部をめざす。


 三十路が見えてきて初めてゆっくり時間が取れたので、秋も深まりつつある今、落ち着いたら南の避寒地を目指す旅に出ようと思っている。


 休暇も取らずに12年、上京してから14年が経った。


 立身出世を夢見た田舎士族が三十才前に近衛軍の大隊を預かるまでになった。しかも自分で創設した兵科の。

 王都雀のもっぱらの取り沙汰じゃ、ここが天井、後は落ちるだけだそうだ。

 

 近衛の士官となり、宮廷での駆け引きも見聞きしている。

 国王陛下にも宰相閣下にも直言できるのは、トルブレ隊長が引退されたあと俺だけになった。そしてこの一年で嫌というほどリスクの可能性を知った。

 妙な動きを感じたとき辞任を決意したのは、そういう次第なのだ。


 14才年をとってしまったが、王都に来た時の貧困士族ではない。

 退職手当もあり、命をかけた代価と思えば些少ながら軍人年金も、それに僅かだが資産運用をして……そう言えば二年前の内乱以来カルに確認してないな。

店は儲かっていると手紙にはあったから、そこそこの実績はあげているはずだ。

 一人で過ごすには十分な額の個人年金を期待出来るかもしれない。


 一人か……恋愛だとか結婚だとかは、俺には異世界の事象としか思えない。


 ともかくアンカー隊長がスッキリ辞めさせてくれたおかげで、軍の雑事や宮廷の陰謀に悩む必要はなくなった。


 そういえば、やつの言う宰相殿が喜ぶというのは、俺を国王派と思い込んでいるからだろうな。


 確かに国内が国王派と宰相派に分かれているのは事実だ。


 祖父君(ぎみ)と父君、二代50年の努力で王権は強化された。王というものに権威を認めるものは多い。これが国王派だ。


 しかし今上陛下は愚鈍(グドン)と言われている。金髪ツインテールの姫は可愛いのだけれどね。


 例えば陛下は最近自らを『流星王』と呼ばせている。おそらくあっという間に燃え尽きる流星ではなく、夜空を昼のごとく染める彗星と言いたかったのでは、というのが世間の評判なのだ。


 他には政務をせず上級貴族たちとのカード遊びに興じているという噂もあった。王宮事情に通じている俺は、それが事実だと知っている。


 だから実権を握り国を動かしている宰相殿に尾を振るものが増えていた。これを宰相派と呼ぶ。


 しかし、無名の頃の宰相殿、ネモ検事を高等法院から国政に引き抜き数年後に宰相に抜擢したのは陛下だ。前隊長のサンスー伯を引き立てたのも陛下だった。


 そう、陛下には鑑識眼がある。


 そういう目で見れば、カードゲームもただの遊びではないかもしれないぞ。


 三度の大戦(おおいくさ)で三度とも戦局を決めた黒騎士隊は栄誉をうけ、俺は隊長として直答を許された上、金子や高価な指輪や首飾り、そして宝剣(ローズと交換してしまったやつ)を賜ったので、俺は国王派と言われているらしい。


 陛下も姫も嫌いじゃない――姫は関係ないか――それに鑑識眼は認める。


 田舎からぽっと出の芋士族(俺のことだぜ)が新しい概念である魔砲騎士団(黒騎士隊の原案)を説明したとき、全く理解できなかったにもかかわらず宰相殿に相談しろと仰せになったのは陛下だ。


 そして与えられた20分で魔砲騎士団の説明を終えた時、宰相殿はこう言ったのだ。

「中隊で始めよう。予算はいくら必要なのかね」

 どうだい、すごい上司だろう。


 そんなわけで俺は国王派でも宰相派でもないし、そんな対立は愚か者の見る幻だ。

 今の国内の争いは全く別のものなのさ。




 物思いにふけりながら歩いているうちに目的地の古着屋にたどり着いた。

 金持ちそうにも、さもしそうにも見えない浪人風のシャツ、パンツ、上着を買い、試着室で着替え、着てきた服を店の親父の前のテーブルに並べた。


「なんだい、これは」

と親父。

「買ってほしい」

「生地も仕立ても上物だが、あまりに小さ」

 黙ってサドルバックから小物を出す。

 オヤジの頭の上に大きな『?』が浮かんだ。

「なんだい、これは」

 こいつは宰相の器ではなさそうだな。

「これはイミテーションだが黒騎士の徽章などさ」

 群衆の中での警護するとき使っていたものだ。

「イミテーションか、300シルでどうだい。服はいらない。そのサイズじゃな」


 商才がないやつに説明する義理はないけれど、制服をゴミに出すのは嫌だなあ。


「話は変わるが町人達は子供の日に何をするんだい」

 親父は俺の腰の剣をちらりと見て応えた。怒らせたらヤバいとでも思ったのかな。


「士族様と同じさ。12才の男の子のお祝いは、甲冑を飾ってきれいな服で着飾りご馳走を食べるのさ。お前さんには悪いが実用性はないものの、金持ちがそろえる金銀宝石で飾られた甲冑はそれは見事なもんだぜ」

「なるほど、町人でも男の子は強くたくましく、そして本人も騎士に憧れるというわけだな」

「そうよ……だが、それがどうしたっていうんだ」

「この服を子供サイズに仕立て直すのは難しいことじゃない」

「まあ、そうだな」


 この制服も通常のものを俺サイズに……


「模造刀でもつけて、このイミテーションを付ければ黒騎士さまの出来上がりだ」

「おお!!」

 やっとわかったのか、オヤジの頭上に『!』が出た。

「着替えが五着あるから後で届けさせる」

「着替え――五着って――本人? あんた、ちびっこ大将か!!」

 テーブルは左右に泣き別れとなった。


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