いさましいちびの魔法使いの物語

二ケ

Ⅰ いさましいちびの副隊長殿辞職す

(1)

 俺の辞表を受けとった隊長殿の表情には少し困惑があった。

 しかし、それは一瞬のことで、

「たしかに受け取ったよ。デュマス君」

「はい、隊長殿。除隊届にサインをお願いいたします」


 嫌がらせでもされるかと思ったが、差し出した届けはすぐに有効となった。


 隊長、スルイ・アンカーがトルブレ殿(現サンスー伯)の後任となってちょうど一年になる。

 金色の長髪を後ろできれいにまとめ、手入れの行き届いた髭をもつ貴族ぜんとした外見はまことに威厳たっぷりである。しかし軍人としては未知数……いや、むりむりの無理数と言ったことろだ。


 だが、日に焼けた黒髪のちびよりは指揮官らしいかな。誰のことかって? さあ、俺は鏡の中でよく見かけるぞ。

 

 トルブレ殿と同じくして古参達が除隊したため隊をすておけず、いやいやながらズルズルと、後悔しながら、きりがないか……一年を過ごしてしまった。


「確かにいただきました」

「返却物はここに置いて行きたまえ」

 どうしても、嫌がらせをする気だな。

「ここで、でしょうか」

「ふん。事務方も忙しいからな」



 そう言うと立ち上がってわざわざ前に立ち、見下ろしやがった。

 俺は平均より少し低いだけだぞ。一般人の。

 軍人としては、ギリギリなのは内緒だ。

 ……正直に言えば男女同じ入隊資格なので、女性軍人を除けば、おそらく最も低し――この話は止(よ)しにしよう。



 控えていた隊長付き副官を呼び、ルカニア王国近衛軍の徽章、近衛騎士隊副隊長の階級章、近衛軍を示す銀飾り付きの剣帯、それに近衛魔砲騎士隊(通称黒騎士隊)指揮官の腕章を渡す。

 顔見知りのローズは(数少ない低身長者なので俺の好感度は高い)困惑しながらも受け取り、受領書を渡してくれた。


「剣はおいていかないのかね」

 個人所有だぞ?

「陛下から下賜されたものなので」

 王族好みの装飾も多少はあるが、戦場で使用するものなので十分実用性のある一振りだ。


「一般人には高価すぎるだろう。トラブルのもとではないか」


 なんだよ。よこせとか、安く売れってことか。

 まあ、一理はある。


「ローズ」

「は、はい」

「君の剣と交換してくれ」

「えっ?」


 しかめっ面の隊長の前で交換を終える。

 彼女の実家は有力な領地貴族、いわゆる剣の貴族なので、現隊長ごときに取り上げられる心配はないだろう。

 俺は良いのかって? 本来魔法使いだからな。

 魔法使い剣を選ばずさ。


「王宮への参内はいかがいたしましょう。隊長殿」

 二等級以上、及び特別勲章を受章した者は退役時報告に上がるのが慣例になっている。

「午後から奏上にうかがうので、陛下に報告しておく。ついでに宰相閣下にもな。お喜びになられるだろうよ」


 さて、どんな顔をするかな。


 物問いたげだったローザの様子は気になるが、右手を左肩に当てる一般兵の挨拶をして不愉快な部屋を退出した。


 

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