第6話

 二人は、健岑らに「真相」を自供させるために拷問までした。この時代の拷問は決して違法行為ではないが、名門貴族にとって耐え難い屈辱である。しかも罪状が謀反という天皇を守るのが使命と自称する、その名の通りの伴氏の家長である。

 一族の長が受けた屈辱は計りしれない。善男自信は尋問や拷問を受けていないが、この屈辱は伴氏の誇りをかけては耐え難いものだった。

 ともかく正躬王らは伴健岑らを拷問した。しかし自白を得ることはできなかった。だが、それにもかかわらず判決は有罪だった。

 この時左小弁の藤原岳雄は近衛兵を指揮して、大納言藤原愛発らを逮捕している。左中弁の伴成益もその一党として働いている。

 つまり承和十三年の政変で善男に追い落とされた弁官たちは承和の変で淳和上皇(大伴親王)の子である恒貞皇太子、そして腹心の伴健岑らを罪に陥れた人間達だったのである。 

 むろん、この一件の黒幕は当時は中納言に過ぎなかった藤原良房である。良房はこの事件で自分の妹が産んだ道康親王を皇太子とし、大納言藤原愛発ら上司や伴、

橘両家を没落させ、自らの地位を獲得した。善男がやったことは始めに良房がやったことの仕返しなのだ。だから善男だけを「出世欲の権化」ととらえる

のは誤りだし、良房のやったことと比べれば善男のやったことはまだ正当性はある。むしろ承和十三年の政変の動機は、善男の心情に即して見れば、伴一族

興隆の道を閉ざした正躬王に対する報復であったと見るのが妥当である。もちろん出世欲が無かったとは言わない。当然あった筈だ。しかし当然の出世は

個人だけの問題ではない。氏姓制度がまだ残っていた日本では自分の氏族の出世は個人以上の重さがあった。善男の心の中には承和の変で失われた伴一族の

信用を取り戻すのは自分の出世よりも重要だった。この承和十三年の政変は伴一族のプライドを取り戻し、伴一族を陥ればどうなるかを知らしめる

闘いであったのだ。 この承和十三年の政変で良房も劣らず暗躍した。彼は承和の変で自分の下で手足のように動かした弁官五人を助けなかった。

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