第2話 小野家
仁明天皇の東宮である道康親王は御歳17歳、 もう中宮を立てなければならない時期にさしかかっていた。 そんな彼の目は、1人の麗しい美女に釘付けになっていた。
彼女の名は紀静子。名門豪族紀名虎の娘で 目鼻立ちのはっきりした清楚な 美女で、3人の舞姫の中で一際目立っていた。 踊りも立ち振舞いも立派で堂々とした態度は、中宮にふさわしい風格を持ち合わせている まさに道康親王理想の 女性であった。
すでに彼女は、 都随一の美女として宮廷内の噂になっており、 誰もが彼女の姿に見とれていた。
その弟である 紀選之(後の喜選法師)は、まだ身分が低く 後ろから遠目で見るだけだったが、姉の優美な姿を確認しそれを食い入るように見ている皇太子を目撃した。
皇太子が姉を召すことは確実と思われ、姉が中宮になれると一族は安泰、男子が生まれるようだと繁栄も夢ではないと、 勝手に想像すらするのだった。
彼は、多少の興奮すら覚えてこの光景を見ていた。 紀静子ら3人の乙女の美しい舞いに、 人々は感嘆の呟きが漏れ、仁明天皇も満足の表情で舞いを見つめていた。
舞いが終わると、見学者は一斉に声をあげて舞いを褒め称えた。 乙女たちも、安堵と嬉しさと恥ずかしさの表情で答え、 その初々しさに見学者の感嘆のどよめきは乙女が退出するまで鳴り止まなかった。
「静子様、素敵でございました。
思わず見とれてしまいました。」
退出した直後、舞姫のひとり小野吉子が静子に話しかけてきた。吉子も、静子に劣らず美しく 才女で、一族の期待を一身に集めていたことも一緒で仲も良かった。
「 そんなことないわ。
緊張で足が今でも震えてるのよ。
本当に死にそうだったわ」
「嘘、そんな気配全く感じなかったわ。
すごく堂々と踊ってらして、さすが良家のお嬢様は場慣れしてらっしゃると、踊りながら感心してましたの。」
「 そんなわけないじゃない。
私もこんな所で踊るのは、初めてなのは知っているでしょう。
私もあなたが完璧に踊ってらして、だから頑張ろうとしたんですのよ。」
静子も、吉子が同じ思いで踊っていたのだとわかると二人で笑いあった。
彼女らは、考え方もよく似て性格も明るかった。
「静子様、中宮になっても私のことは忘れないでね。 何を言っているの。
あなたこそ、中宮になって私を忘れるんじゃないわよ。」
「私が静子様を忘れるなんて、絶対にありえません。 神に誓っても宜しいですわ。」
吉子は 、真剣な顔で答えた。 紀家と違って小野家は、一段も二段も格下である。 祖父の小野篁は最高従三位参議にまで昇ったが、 なんとか殿上人の身分に踏みとどまっている程度で、 常時公卿を出している紀家とは比べようがなかった。 小野家は、どんなに頑張っても中宮を出すことが自力で出せる家ではなく、他家 の協力が不可欠で更衣になったとしても、静子の協力がなくては天皇の気を自分に振り向かせるという自信を持てなかった。
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